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10月9日は、1888年にワシントンDCのナショナル・モールにあるワシントン記念塔が公式にオープンした日である。地上からの高さ46メートルのワシントン記念塔は、今日米国のシンボルになっている。この記念塔の他にジョージ・ワシントンの名誉を称えるシンボルとして国民の生活に密着しているものに1ドル札や記念コインがある。公共施設として、ワシントン大学や、ニューヨークとニュージャージの間に建設されたジョージ・ワシントン橋が有名である。その他、ブロンズ像を含め、政治的な象徴として、複数の米海軍船艦がある。

このように多面的にジョージ・ワシントンの名誉が称えられた理由は、アメリカ独立戦争の優れた軍人及び指導者であったこと。初代大統領であったこと。人格的に威厳、人間愛、品格など多分に尊敬される素養のある人物であった事が挙げられる。親しみの中にも威厳のある人物であっただけに、規則正しい生活を奨励する指導者であり、「早起きしなさい。それが習慣になると、快適で健康で有益になるかもしれない。それを習慣にすることは当分の間は厳しいかもしれないが、次第にその厄介さは感じなくなる。私人であろうと公人であろうと、その実践は豊かな人生の収穫を生む」と1978年1月に継孫に宛てた手紙が残されている。自己管理とその実践に対する自己への挑戦が健康と繁栄につながるという基本を教えたものかも知れない。

ジョージ・ワシントンは1789年に初代大統領になり、派閥した国家の統一に成功し、戦争は好まず、平和な国を築くためには、資金力が必要であると考えていた。更に米国で生まれた移民には市民権を与えたことに国民の多大な賛同を得た。ワシントンは1797年5月の辞任演説で、政治の派閥や縄張り主義、外国の戦争への関与を強く警告した。その後、マウント・バーノンの自宅へ戻るが、1798年にフランスとの戦争に直面したため、平和な退職生活を過ごすことは不可能であった。1799年の12月14日の起床時、喉の痛みを訴え、まもなく死亡した。日頃奴隷解放を意識していたワシントンは、自分が使用していた奴隷を解放する遺書を残していた。

ワシントン記念塔の建設の目的は、米国憲法の精神を代表する最初の建国の父であったジョージ・ワシントンの精神を称え、受け継ぐためでもあった。しかし、近年、米国の指導者が憲法の精神を唱えるとき、ワシントンの警告は忘れられている傾向があることに気付く。

2007年6月23日 筆者撮影

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