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どこか歪んだ銃社会

14日コネチカット州ニュータウンで起きた悲惨な襲撃事件に関する各方面からの聞き込みや犯罪捜査の結果は、ある側面で米国社会の問題を浮き彫りにしている。15日のAP通信によると、20人中、8人は男子、12名は女子であり、 被害者は全て6歳から7歳であった。アダム. ランザは母親を殺害後、母の車を運転し学校に着くと、窓ガラスを割って建物内部に侵入した。わずか数分間で、6人の職員を含む26人を殺害した後、自殺している。18人の子供は、学校で即死し、2名は病院に搬送される途中で死亡している。また、遺体の検査から、子供達は全員2回以上撃たれて死亡したことが判明している。

15日のニューヨーク.タイムス(NYT)によると、アダムの両親は2008年に離婚している。アダムは、 植民地風の大きな家に母と暮らしていた。 母のナンシーは、社交的で他人に寛大だが、神経質な面があり、発達障害の息子を助けることに苦労していたと彼女の友人や元同級生は警察に話している。 離婚のため同居していないアダムの父は、ジェネラル. エレクトリックの幹部であったらしい。兄のライアンも数年前から同居しておらず、疎遠であったため、事件との関わりは否定されている。また、NYTおよびAP通信によると 、当日のニュースで当局は襲撃犯人の母ナンシーは、サンディ. フック小学校の教師であったと報じた事に対して、学校側は、彼女が公認教師または代用教師として働いた証拠はないと語っている。

AP通信によると、捜査官らは、アダムは子供の頃、サンディ. フック小学校に通っていたとみているが、学校での犯行の動機はほとんど不明である。警察当局は、アダムには犯罪歴はなく、仕事をしていたかどうかは判明していないと報告している。また、発達障害で苦しんでいたと、不特定多数の人たちが話している。ある知人は、頭は良かったが奇異で孤立していたと話している。アダムは、しばしば「社会的なぎこちなさが特徴である自閉症軽症型のアスペルガー」と診断されていた。専門家は、アスペルガーと暴力的行動との関連性はないと話している。また、成人6人のうち殺害された2名は、襲撃を阻止しようとして急いでアダムに近づいたため殺されている。

NYTによると、ナンシーは銃の愛好家であり、息子達を北東ニューヨーク郊外の射撃場に連れて行ったと彼女の友人は語っている。地元のバーでは、時々銃コレクションのことを語っていたという。捜査官は、アダムの母親は5挺の銃を所有していて、2挺は強力な拳銃であり、2挺は伝統的なハンティング用、1挺はアフガニスタンで兵士が使用した武器に似た半自動ライフルであることに注目している。これらは全て合法的に入手し、登録されたものである。捜査当局は、 アダムはこれらのうち、2挺の拳銃と半自動ライフルを使用したと推定している。

また、アダムと母親との間に何があったのか、これも判明していない。銃のコレクションが自滅に追いやったとしか言いようのない事件である。拳銃が好きで、二人の息子に射撃訓練の機会を与え、銃に慣れた息子の一人は精神的に不安定な状態であった。ある日、自分のコレクションの銃を使って、その息子に殺されることなど想像にも及ばなかったはずである。

ランザ家のように、1所帯で5挺も銃を保持している家庭があるとは驚きであるが、米国の銃社会の現状を如実に示すデーターがある。2012年 7 月22 日、英国紙ガーディアンが発表した2007年以降の178国の市民の武器保持数と銃による殺人率の統計によると、 米国は世界で最も高い銃の所有率を誇っている。しかも、銃による殺人件数は西洋諸国で米国が最大であり、その件数は9,146に上っている。銃の保持者は100人あたり平均88.8人で、全ての市民が保持する銃の合計数は2億7千万になっている。これは、3億を若干超える米国の人口数に近い、おぞましい量の銃が一般の国民の間に氾濫していることを教えている。

しかし、米国の一般的な統計では、家庭に何らかの武器を保持している率は全所帯数の40から45%であるため、ガーディアンのデーターは、銃を保持する多くの所帯はそれぞれ複数の武器を保持していることを示唆している。銃保持の理由は、67%が犯罪からの自衛のためであり、66%はナンシーのような射撃訓練のためであり、41%はハンティングである。自衛目的と射撃訓練目的がほぼ同じ率であることに脅威を感じる。

銃乱射事件が発生する度に銃規制の論議が白熱するが、いつも専門家やメディアが論議するだけでこれまで何の向上もない。今年発生した銃乱射事件で使用された武器の傾向が示唆していることは、クリントン時代の銃規制が期限切れになった後は、身元チエックなども含めた銃規制は次第に緩慢になり、一般の市民には不必要と思われる銃が合法的に簡単に入手できるようになっていることである。銃が簡単に入手できる状況は、銃による犯罪も加速させるため銃規制は必要であるとする論理は、更に銃のアクセスを希望する米国人には受け入れられない。

その理由は、銃規制を強化しても銃犯罪は発生するため、自分の身を守るためには銃保持の強化は必要であると主張しているからである。例えば、7月20日、コロラドで起きた映画館での銃乱射事件では、法的理由により館内にいた客は誰一人として武器は保持していなかった。もし、万一の場合に備えた正当防衛のため複数が銃を保持していたら、素早くこの襲撃犯人に対抗でできたかもしれないというのが 、銃規制に反対する人たちの立場である。しかし、これが思慮分別のある発想とは思えない。その場に共犯者が潜んでいる可能性の有無に関係なく、暗い映画館で、複数の人間が四方八方から打ち合いを始めたらどういう状況になるか容易に想像がつく。

米国憲法改正法第二条で保護されている武器を所有する権利の主張 は、 植民地時代から個人が銃を保持してきた米国の歴史に由来している。更に、統計が示すとおり、アダムの母を例として、射撃訓練の好きな米国人が多い社会構造も反映している。正当防衛のための武器の保持と、その武器である銃を利用して 無差別殺人を犯し自殺するような異常な犯罪とは全く別の問題であるはずである。これまでの様々な統計は、国民の生活に銃が減少すれば、銃による犯罪は減少すると思われる相関関係を示唆している。しかし、繰り返される悲惨な銃乱射事件は減少しないという、どこか歪んだ銃社会が米国の一面である。20人の幼い子供達が殺害された史上最悪の悲劇は、銃規制に反対する世論を今度こそ変える一歩になることを願わずにはいられない。

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