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ドワイト.D.アイゼンハワー大統領は1954年4月7日の記者会見で、ベトナムが共産党の手に陥落すると、東南アジアもすぐ共産圏になるとのドミノ論理を力説した。ドミノ論理は後年の外交政策に著しい影響を及ぼしたことは歴史が示している通りである。

この記者会見で、アイゼンハワー大統領は、米国にとってベトナムの天然資源はアメリカの経済に著しく重要であると述べた。また、ベトナムがソ連に支配された場合、独裁政権下で、多くの人類の自由が侵害される可能性があるとし、 貿易のため東南アジアは日本にとっても必要であると語った。並べた最初の列のドミノが崩れると、次から次に倒れていくドミノの原理を考慮するよう議会に促した。

ドミノ論理は1940年代から1980年代頃まで共産党封じ込め作戦に利用された比喩的表現であり、 共産党の台頭を封じ込めるため、米国の介入政策のキャッチ.フレーズとして、冷戦時代の外交政策に多大な影響を与えた。1940年代は、ハリー.トルーマン大統領による、西ヨーロッパでの共産党の台頭を封鎖するための政策に利用され、1950年代は全く同じ理由に基づいて、 アイゼンハワー大統領はその関心を東南アジアに向け、共産党封じ込め作戦を展開した。

1945 年頃までには、ソ連は多くの東ヨーロッパ諸国を制覇したため、米国の指導者はかなり神経質になっていたことは必然である。第二次世界大戦後、倒産寸前のイギリスは1947年2月、経済的困難に直面しているため、ギリシャとトルコの経済援助を維持できないとワシントンに報告した。これを受けたトルーマン大統領は「トルーマン原理」として知られるギリシャとトルコにたいする経済および軍事援助を表明した。当時、トルーマン政権下で国務長官であったディーン.G.アチソンは、ギリシャが共産圏になった場合、北アフリカと中東はソ連に支配される危険性があるとし、ドミノ論理を強調した。

アイゼンハワー大統領による1954年4月7日のドミノ論理の演説は複数の次期大統領に多大な影響を与え、米国のベトナム戦争の関与を正当化する基礎となった。ジョン.F.ケネディとリンドン.B.ジョンソンの両大統領は、南ベトナムに対する経済的および軍事的援助を増大し、リチャード.ニクソン大統領は、米国での猛烈な反戦運動に反応し、段階的にベトナムから米軍を撤退させながらも、中立国であるカンボジア爆破の秘密工作を命令した。これらの大統領は全て自由経済資本主義を土台とする米国の経済的メリットのため、介入政策を支持し、逆説的にその崩壊をイメージしやすいドミノ論理を妄想的にアピールしたものと思われる。

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