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5 月10日の今日は1869  年に米国初の大陸横断鉄道建設が完了した日である。この最初の鉄道は、東部海岸の鉄道ネットワークと急速に成長しつつあるカリフォルニア州を結んだもので、1862年に設立されたユニオン.パシィフック鉄道会社および、 同年に政府が認可したセントラル. パシィフック鉄道会社が建設に着任した。

1862年、連邦議会は公有地の助成金や融資を保障するパシィフック鉄道法案を可決した。 東部側からはネブラスカ州のオマハを始発点とし、西部側からは現在カリフォルニア州の首都であるサクラメントをスタート.ラインにすることが決定された後、1863年に工事が開始された。セントラル.パシィフック鉄道建設の工事にはほとんど中国から輸送された多くの中国人労働者が従事した。開始から完了までの過程には、厳寒の冬及び猛烈な灼熱の夏での作業、インディアンの襲撃、白人西部開拓者の人種差別や無法など、労働者の過酷な試練があった。 特に、中国人移民は長時間労働と低賃金による不当な労働条件を強いられた。また、雪崩や爆発事故などで多数の死者を出すなどの問題が相次いだ。

しかし、東部と西部を結ぶ大陸横断鉄道の約2,000マイル(3,200Km)の工事に携わった労働者は、遂に1869年5月10日に完了させた。大陸横断鉄道は古いワゴン列車に比較して遠距離による大量輸送を可能にしたため、ワゴン列車で数ヶ月を要した距離はわずか数日間に短縮した。最初の利用者の多くは、アイルランド移民や戦争兵であったと言われている。鉄道の開通は、全国の交通網を近代化し、急速な経済成長を遂げる顕著な要因となり、様々な側面で国民の生活様式を変えた。

歴史の因果関係を知る上で見逃せない点は、大陸横断鉄道の建設を通して、米国の西部開拓に著しい貢献をした中国人労働者である。当時15,000人前後の中国人が鉄道建設に従事したと言われている。しかも、中国人は、一般人が近づかない最も困難であったネバダ州のシエラ山を横切って鉄道を建設したのである。鉄道完了後、セントラル.パシィフック鉄道会社は中国人の地域共同体を貴重な労働資源として考慮するようになり、西部開拓期における中国人の献身は歴史上重要であった。しかし、米国議会はわずか13年後の1882年5月に、10年間中国人労働移民を受け入れないとする、米国移民法の歴史上最も辛辣な中国人除外法案( Chinese Exclusion Act) を可決した。

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