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1955年7月21日、第34代大統領ドワイト. D.アイゼンハワーは、ジュネーブ.サミットで当時世界の4大パワーと呼ばれたアメリカ、イギリス、フランス、ソビエト連邦の代表者たちにオープン.スカイズ計画(Open Skies Plan)を提案した 。

ドイツの未来および軍事調整を含む議題が提起されたこの日のジュネーブ.サミットで、アイゼンハワー大統領は、国際的な軍事力や軍事活動の透明性を促進するため、相互の空中査定の概念を提案した。イギリス、フランスは関心を示したが、ソビエトは 自国が西欧社会の監視下に置かれる可能性がある提案を全て拒否し、条約締結には至らなかった。しかし、後年のソビエトとの武器協定の礎を築いた。当時のソビエトの最高指導者であったニキータ.フルシチョフがこれをスパイ策略と解釈し、武器調整には関心がないことをアイゼンハワーは最初から予期していたと言われている。

しかし、数ヶ月後アイゼンハワーは、ソビエトをスパイするためU-2と呼ばれる高度飛行の偵察機を認可するが、1960年5月1日、U-2偵察機はソビエトの空領で襲撃される事件があり、ソビエトとの関係が悪化した。後年、第40代大統領ロナルド.レーガンはアイゼンハワーと同じような構想を採用し、1989年、第41代大統領ジョージ.ハーバート.ウォーカ. ブッシュは、オープン.スカイズの概念を再度強調し交渉に成功する。当時の大西洋条約機構(NATO) のメンバーが交渉し、オープン.スカイズ条約は1992年3月24日にフィンランドのヘルシンキで 23国が調印した。

米国国務省は 、昨年3月24日はこの条約締結20周年を迎えたとして、2002年1月に有効になったことを報告し、その目的について説明している。オープン.スカイズ条約は、国際的な取り組みとして、現在34カ国が参加している。条約はその参加国の全領土にわたって非武装の空中観察飛行を確立したと述べている。また、規模に関係なく、全ての参加国が情報を収集することで軍事活動の透明性を促進し、相互理解と信頼を高めることを目的にしている最も幅広い国際的な取り組みの一つであると伝えている。

9.11後、テロに対する戦争を宣言した前大統領ジョージ.W.ブッシュ政権下で2004年からパキスタンで開始された無人飛行偵察機を利用した攻撃は、歴史的なオープン.スカイズ条約と全く無関係であるとは言えない。イエメンでは、昨年30回以上の米国無人飛行偵察機の爆撃により180人以上のテロリストが死亡したが、多数の民間人も犠牲になっている。国務省によると、昨年12月イエメン政府は、米国二国間のオープン.スカイズ条約に署名し、自由にイエメンの空上を飛行偵察し、テロリストを攻撃する機会を米国に与えた。 非武装による相互のスパイ的な発想に基づくオープン.スカイズの概念は、米国のテロ戦争突入後、 無人飛行偵察機による爆撃にまで 範囲が拡大した。軍産複合体の危険性を警告したアイゼンハワーであるが、 オープン.スカイズ計画の彼の提案は、戦後米国での軍産複合体を拡大しているという皮肉な因果関係がある。

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