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1950年8月25日の今日は、第33代大統領ハリー.トルーマンが鉄道労働者のストライキを制止するため軍隊の配置を命令した日である。当時の労働組合は、現在よりはるかに勢力があったものの、トルーマンは、特に 2つの主要鉄道会社の労組によるストライキを阻止し、労働組合のストライキに頻繁に関与したことで有名である。

1945年4月から1953年1月まで就任したトルーマンは、第二次世界大戦後の移行期、朝鮮戦争、共和党と南部保守派の民主党との派閥、全米に拡大するインフレーション、住宅および消費製品の不足、労使紛争などに直面した大統領であった。1946年までには、一部インフレーションの影響で、自動車、電気、鉱山、鉄鋼、鉄道など主要産業の労働組合による大規模なストライキが全米の各地で発生した。1946年4月、鉱山会社の労働者が40日間のストライキを決行した際、政府による鉱山の差し押さえを命令して石炭の生産を再開させた。また、トルーマンは1948年のシカゴやミルウォーキーなど複数の都市で、鉄道会社の労組がストライキを宣言した時も、鉄道は米国の重要な経済の基盤であったためこれに介入した。

更に、トルーマンは、米国の2つの主な鉄道会社の労働組合が米史上最大のストライキを決定した1950年8月25日から2日間、軍隊の派遣を命じストライキを決断した労働者に圧力をかけた。トルーマンは事前にこれらの鉄道の組合と経営者側が交渉するための緊急協議を命令したが、組合はその命令に従わず、8月25日にストライキの突入を決定した。この当時は1950年に勃発した朝鮮戦争で北朝鮮の共産主義勢力を封じ込めるため、米軍を韓国に派遣することを決定したばかりであった。鉄道の閉鎖はトルーマン政権の外交政策にも多大な打撃を与えるため、軍隊の出動命令はほとんど必然的であったと言われている。

軍隊を配置して政府が鉄道を差し押さえることを目的としたトルーマンの動機は、朝鮮戦争の戦争ゾーンに物資を輸送する鉄道の運行停止を防ぐことで、経済的なダメージを回避し、国の防衛と安全保障を維持するためである。しかし、実質的には阻止することは出来ず、ストライキはその後1952年5月まで続いたが、鉄道労働者の生活に改善が無かった点でほとんど無意味であり、ストライキは不成功に終ったと言われている。現在、軍事行動によるストライキの制圧は法的および倫理的な側面から正当化されない政策であるが、トルーマンは労働組合のストライキに厳しく対応した数少ない大統領の一人として知られている。また、アイゼンハワー大統領の組織能力を尊敬していたトルーマンは、決断能力のある大統領として評価する歴史家もいる。

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