アメリカの最新課題 Contemporary American Issues © 2020 Yuko’s Blog. All Rights Reserved.  

1960月11 月8日は、1961年1月から1963年11月まで第35代大統領として人気があったジョンF.ケネディが大統領選に勝利した日である。1960年の大統領選は、米史上初めてイメージが重視されたテレビ討論が可能になった年である。また、ケネディは緊張ムードの冷戦時代に現役の副大統領を打破し、史上初の若い大統領として誕生した点で歴史的に斬新性がある。

1950年代及び60年代は、 潜在的な核兵器戦争の脅威と不安が世界的に拡大していた時代であり、1953年から1961年 1月まで第34代大統領であったドワイト.D.アイデンハワーは、米国とソ連との緊張を緩和することに失敗した。1960年代は貧困の増大、公民権運動、反戦運動、キューバーのミサイル危機など動乱の時代である。1960年の大統領選は、アイデンハワー政権下で副大統領であったリチャード.ニクソンとの交戦であったため、歴史的な激戦であった。ニクソンはわずか4歳年上であっただけで、年齢的にはさほど差はないものの選挙キャンペーンでは、頻繁に当時43歳のケネディの若さを強調して、冷戦時代の重要な責任を担う外交政策に経験不足であると攻撃した。

一方、裕福な家庭に育ち、マサチューセッツ出身の上院議員であったケネディは、リーダーのイメーが重視された選挙中、若々しく、新鮮であり、活力的で強いリーダーシップのイメージを与えることに成功した。重大な外交政策には頼りがないとのニクソンの指摘に対して、ロシアの衛星、カストロ政権の勝利、ミサイル防衛で明白なギャップを作った事を指摘し、アイゼンハワー政権下で米国の評判は衰えていると指摘した。また、 ケネディは国内政策で、適度な改革を公約したニクソンより、ニュー.フロンティアと呼ばれる大幅な政策を掲げた。景気後退に対処すること、社会保障システム下で年配者に無料の医療サービスを提供する事、及び教育援助などを公約し、両者の人気投票ではほとんど差がないほど接戦ながらも副大統領を打破するという未曾有の勝利を獲得した。

1月20日の就任演説で「貴方の国が貴方のために何をするのかを問うのではなく、貴方が国の為に何ができるかを問いなさい」と、核兵器戦争の脅威がある時代背景で、人類の自由と平和のために一緒にできることは何であるかを問いかけ、国民の行動を求めたこのメッセージは、最も頻繁に引用された文句の一つである。ケネディの大統領としての人生はあまりにも短かったため、政治家としての力量を判断する材料は少ないが、政治家の血は受け継いでいたと思われる。ケネディは三世代の政治家として早くから政治活動に深く関与していた。彼の父、ジョセフ.P.ケネディは、第二次世界大戦前に英国大使に就任した。ケネディは明瞭に表現し、入念な計画性がある性格であったため予備選挙で成功し、大統領選での勝利に結びついたと思われる。しかし、年配者への医療システムなど、選挙キャンペーンの国内政策の幾つかの公約を生存中に果たすことは不可能であった。1963年11月22日に起きた暗殺の悲劇がなかったなら、米国の歴史は変わっていたかも知れない。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。