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1961年3月1日は、35代大統領ジョン.F. ケネディがピース.コアと呼ばれる平和部隊を結成するため大統領令を発令した日である。ピース.コアは ボランティアを希望する若いアメリカ人を発展途上国に派遣し、様々な平和的活動を通して海外の経済および政治的安定を強化するためである。ケネディが残した最も人気のあるプログラムとして現在も機能している。

ケネディは世界の平和と友好を推進するため、平和的な方法でアメリカの影響力を拡大することを提唱した大統領である。1960年10月の大統領選挙キャンペーン中、ミシガン大学でこの構想を語ったことが動機である。対戦相手の共和党大統領候補リチャード.ニクソンは、若い人は知識も技術力も不十分であると反対した。しかし、当時の大学生や若い世代は大学で学んだ知識及び職業訓練で取得した技術を発展途上国で活かすチャンスであると判断し、ケネディの構想を支持した。ケネディは大統領就任演説で再びピース.コアの理想について語り、プログラムを構築すると公約した。議会は約半年後の9月21日にピース.コア法を通過した。ケネディは、プログラムの最初の責任者に妹ユニースの夫サージェント.シュライバーを任命した。シュライバーは彼のシンクタンクを指揮し、ピース.コアを組織化した。1962年6月にそのプログラムは開始され、約18ヶ月後、ボランティア活動家はすでに約40カ国で活躍した。

当時、参加者はほとんど20代のボランティアであり、彼らは月平均80ドル以下の支払いを受けていただけである。しかし、アフリカ、アジア、ラテン.アメリカなど発展途上国にピース.コアとして派遣されるボランティア活動家の技術者や教育者はほとんど、現地の発展に貢献し、援助することに誇りと希望を持っていた理想主義者であったため、収入を得ることが目的ではなかった。彼らの多くは熟練大工、配管工、庭師、農業、医療、その他多種の分野で高校程度の科目を教えることが可能な教師や技術者であったと言われている。

世界の各地で平和と友好に貢献している今日のピース.コア.メンバーの活躍は益々活発であり、ケネディの最大のレガシーとして受け継がれている。1961年から今日に至まで 210,000人のアメリカ人が139カ国で活躍した。2001年  9月11日の同時多発テロ後、前大統領ジョージ.W.ブッシュは反テロ政策の一部として、ピース.コアの規模を2倍にすると宣言した。2009年、オバマ大統領は景気刺激対策の一貫としてサイズを2倍にすることを提案した。2009年だけでもピース.コアのメンバーは68カ国に派遣されている。その主な国は、中東、アジア、アフリカ、北アフリカ、地中海、中央アメリカ、南アメリカ、メキシコ、東ヨーロッパ、中央アジアなどである。現在、ピース.コアの定職者の任期は5年間であるが、ボランティア活動の場合、3ヶ月の訓練後24ヶ月を期限として定め、延長申請が可能である。

ピース.コアの隠れた目的は共産主義の台頭を防ぎ又は封じ込めるためであった。特に、親米派のバティスタ政府を打破したキューバ革命の英雄フィデル.カストロに対抗したアイゼンハワー大統領のキューバ政策を受け継いだケネディは、ラテン.アメリカおよびアジアでの共産党封鎖に全力を注いだ。基本的には、ピース.コアは冷戦時代のケネディ大統領の多様的外交政策の一貫であると思われる。また、熟練労働者を急遽必要とする発展途上国の海外政府を援助する人道的な使命として、また、双方の文化や伝統の理解を相互に深める平和的な友好活動として、今日も引き続き機能している。

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