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3月20日は1854年に共和党が結成された日である。これは当時、カンザス.ネブラスカ法の投票結果により、ホイッグと呼ばれる南部党員と北部党員は奴隷問題で完全に分裂したためである。1850年代1860年代は奴隷問題が米国のほぼ全ての政治、社会、および経済的問題に多大な影響を及ぼした時代である。特に1850年代は南部州およぶ北部州間での緊張が続き、1854年までにはその危機が高まった。

1852年に出版されたハリエット.ビーチャー.ストウの小説、アンクル.トムの小屋は奴隷制度の人道性と道徳性に疑問が提起され、奴隷制度廃止の世論が高まったため、個人の自由と奴隷解放のプロパガンダは南部奴隷州に圧倒的な脅威を与えた。一方、北部はカンザス.ネブラスカ法の通過後に多数のグループが奴隷制度廃止運動を組織化した。アンクル.トムの小屋は1861年から1865年まで続いた南北戦争の引き金になった米史上最も影響力のある文学である。

そのような社会風潮で1854年に通過したカンザス.ネブラスカ法は、イリノイ州の民主党上院議員ステファン.ダグラスに紹介されたもので、カンザスおよびネブラスカ領土の住民が奴隷制度を認めるかどうかを決定することを許可した法律である。究極的には、これらの領土は奴隷依存の経済を維持するのか、または近代的な経済システムを促進するのか、選択の必要性を迫られたものである。議会両院の全ての北部ホイッグはカンザス.ネブラスカ法に反対票を投じ、南部ホイッグは賛成票に投じた。その結果、ホイッグ党は分裂した為、ホイッグ党の一部のグループは、即時に新しい党を結成すると発表し、彼らは共和党結成を宣言した。

カンザス.ネブラスカ法は、結果的に(1)カンザス及びネブラスカの2つの準州領域を確立し、(2)1820年のミズリー妥協を撤廃し、(3)究極的にはホイッグ党を破壊する道を開き、共和党結成を宣言した。ミズリー妥協は、奴隷制度支持者と奴隷廃止提唱者との協議で1820年に可決したものであり、ミズリー州が提案した境界線を除いて、北緯36度30分線(北西部領域)の元ルイジアナ準州で奴隷制度を禁止したものである。これらの結果は、奴隷廃止論者、改革論者、および節制主義者に支持された。共和党に入党した人達は、奴隷制度に強く反対していた北部のドイツ移民及び反ネブラスカ派の民主党である。

1854年3月20日に結成された共和党は、1820年代後半に結成された民主党に次いで2番名に古い党である。現在、共和党は別名G.O.P(グランド.オールド.パーティ)と呼ばれている。特にメディアは、歴史を強調するため、頻繁に共和党をG.O.Pと呼んでいる。共和党結成後、彼らは奴隷制度の拡大に対抗し、高い関税を奨励し、輸送システムの改善を図ることで近代的な経済の促進に努力した。貧しい家庭で育ち、1830年代はホイッグ党のリーダーであった16代大統領エイブラハム.リンカーンは最初の共和党大統領である。1861年1月1日、米史上最も画期的な奴隷解放宣言を発表したリンカーンは1865年4月に暗殺されるまで、鉄道、銀行、関税を通して急速な近代的経済発展を促進した。少なくとも、共和党が結成された当時から、南北戦争後の南部再建時代までは南部の民主党が保守的であり、共和党がリベラル傾向であったことを銘記することが歴史上重要なポイントである。

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