アメリカの最新課題 Contemporary American Issues © 2016 Yuko’s Blog. All Rights Reserved.  

少年が救出される瞬間の空上撮影

ワシントン州のスノホミッシュ郡で起きている地滑りによる被害は、日増しに悲惨な状況を露呈している。この地域は過去にも数回地滑りによる災害があり、15年前深刻な地滑りが発生する可能性があることを警告されていたことが判明したため、幾つかの疑問が残る。今日の天気予報によると、当地は雨模様であるため救済活動は困難であるが、更に遺体が発見されている。

幸い、4歳の男児が救出されたことが今日報じられている。オソの自宅が破壊された後に泥穴にはまっていた少年は、同郡のヘリコプター救済チームに発見され救出された。しかし、今日、新たな10の遺体が発見されたため、合計24名に達したようである。この災害は未然に防げる可能性があったことを示唆する研究がある。シアトル.タイムス によると、1999年の米国陸軍工兵隊報告は「大規模で致命的な災害の可能性」があることを警告していたという。また、地形学者のダニエル·ミラー氏は、1950年代、1960年代、1980年代、及び1990年代の丘の歴史研究に基づいて、ワシントン州の生態学およびチュラリップ部族に関する1997年の研究報告で丘の地滑り状況を文書化していた。地図、スライド、図面などの研究資料は、丘が不安定であることを明確にしていたという。

ミラー氏は、2006年1月25日にスチラグアミシュ川の北フォークを差し込んで大きな地滑りがあった後に家の建設が許可されたことに衝撃を受けたという。2006年に地滑りが発生した数週間以内にその丘に戻り、家を建てている大工を見かけた時信じられなかったという。その建築を目撃したミラー氏は今回の災害について、「ある時点で地滑りが起きることは知っていました」と同紙に語った。また、「その川を横切った所にスノホミッシュ郡当局が建築を許可したことはショックでした」と述べた。

同郡の記録によると、少なくとも2006年に5軒の家が建てられ、2009年には更に1軒が建てられた。同紙によると、その丘では程度の差はあり、今回のような大きな規模ではないが、1949年、1951年、1967年にも地滑りが発生した歴史があるという。1960年以降、調査が実施され、数回幾つかの対策が講じられた。例えば1962年には、川岸を保護するため岩壁のような「護岸」を設置した。しかし、1967年に地滑りが起きた際、その岩壁は埋められ、数十軒の家は損害を受けた。1980年に実施された調査は、地すべり活動は1942年の10エーカー(40,470平方メートル)の地域から1970年には35エーカー(141,645平方メートル)の地域に拡大されていたことを明らかにした。ワシントン大学の専門家は、「どのような補修も一時的な対策」であり、いずれ「地滑りは拡大することを予期していた」という。

地元当局は、地滑りの歴史とそのような地形の研究を無視し、住宅を建築するべきではない場所に着工許可を発行していたことになる。地元の住民は高い危険性があったことを知っていたのだろうか?地滑りの歴史があり、地形的に補修は役立たない場所に、最初から住民は近づくべきではなかったのではないだろうか?

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。