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1948年4 月 3日は、33代大統領ハリー.トルーマンがマーシャル.プランと呼ばれる1948年経済協力法に署名した日である。マーシャル.プランは、第二次大戦で壊滅的な被害を受けた多くのヨーロッパ諸国に経済的援助を提案した当時の国務長官ジョージ.マーシャルの名称に由来している。マーシャル.プランは非公式名称であり、正式には欧州回復プログラム(ERP)と呼ぶ。

米国はこの計画のもとに、民主主義への忠誠を誓うヨーロッパ諸国への援助を発表した。議会は、ERPに50億ドルの融資を決定し、経済協力局を設定した。数年後、融資額は2倍以上に膨大したと言われている。この効果はあって、イタリアでは、同年4月の総選挙で共産党を敗戦に追い込むことに成功し、1949年までにはイタリアやフランスは経済回復を遂げた。特に、水力発電などの開発を促進し、生産性は60%以上増加したため、ヨーロッパ国民の生活水準は著しく向上した。マーシャル.プランはそのような観点から多大な意義があった。

マーシャル.プランの動機については複数の解釈がある。ヨーロッパが素早く経済回復しない場合、米国に及ぼす影響が懸念されたことも一因である。経済協力法との名称が示唆している通り、米国も西ヨーロッパ諸国への食品や多種製造品の輸出により大きな利益を得ることが可能な為、企業、労働者、農民などに幅広く支持された。また、2月にはチェコスロバキアがソ連支配下の共産党政府を設立したため、東部ヨーロッパ諸国に拡大するソ連の影響力を防ぐためでもあった。重要な目的は、共産党圏拡大を封鎖するためであったが、ヨーロッパでの共産党封鎖の統制権を米国に与える結果となった。

「平和への投資」と言われたマーシャル.プランは、ヨーロッパを東西に分割する象徴として知られる「鉄のカーテン」の表現どおり、冷戦時代の緊張感を促進したことは言うまでもない。しかし、マーシャル.プランは、ヨーロッパ諸国での共産党の台頭を大幅に阻止したことも歴史のひとつの側面である。1953年、ジョージ.マーシャルは、ヨーロッパの経済回復に努力したためノーベル賞を授与されている。1950年、朝鮮戦争が始まるとまもなく、米国の共産党封鎖の努力と関心はアジアに移行する。

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