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米国の公民権運動は1960年代からアフリカ系アメリカ人(黒人)の投票権に集中するようになった。今月は、1964年6月にフリードム.サマー運動が開始されてから 50周年目を迎える。これは、ミシシッピー州で展開された黒人の投票を促進するキャンペーンであり、一部の公民権活動家が多くの黒人の選挙登録を援助した重要な歴史の一幕として残っている。フリードム.サマー運動には人種差別の悲劇が刻まれていて、今年はその公民権運動の歴史を振り返る重要な時である為、多数のドキュメンタリーが広範に紹介されている。

フリードム.サマー運動は、北部、南部、黒人および白人の若い世代の活動家が黒人の投票権を促進する政治的なキャンペーンの名称として知られている。主に北部の約1,000人の白人学生によって結成された学生非暴力調整委員会(SNCC)の活動家達がミシシッピーに旅行し、可能な限り多くの黒人が投票できるよう登録を援助する運動を展開した。当時、黒人に対する人種差別は南部に根強かった為、特に、白人至上主義組織のクー.クラックス.クラン(K.K.K)の標的になっていた。K.K.Kは、投票権を含む黒人の政治力を恐れていた為、黒人が投票に参加することは生命の安全性を脅かされる危険な挑戦であった。

フリードム.サマー運動の準備は同年2月に始まった。SNCCは全国から活動家を募集し、インタビューを行い、リーダーを選定した。ミシシッピーの数千の黒人と一緒に活動するため1,000人以上のボランティア活動家が参加した。SNCCメンバーのほとんどは白人であった。黒人の多い南部州で、特にミシシッピー州が最も投票の登録率が低かった為、同州が特定され集中的に投票するための登録活動が展開された。

フリードム.サマー運動が展開されてまもなく、K.K.Kの暴力的な抵抗に直面した。数ヶ月間で、州外および地元の1,000人以上の活動家は逮捕され、少なくとも100人は殴られるなどの肉体的暴力に直面し、黒人の家、ビジネスの建物、および教会など、60件以上の爆破または放火事件が発生した。このキャンペーンの活動家であった白人のアンドリュー.グッドマンとマイケル.シュワーマー、および組織発起人であった黒人のジェイムス.チェイニーの3人は1964年6月21日に逮捕された。釈放された直後3人は行方不明になり、後日、埋められていた遺体が発見された。3人はK.K.Kの待ち伏せを受け殺害され、地元の法務執行当局が犯罪に関与していたことが判明した為、メディアはミシシッピーの暗い社会を報じた。この事件は、被害者の家族、活動家、政治家、及び連邦法務当局に著しい脅威を与えた。FBI捜査官に扮するジーン.ハックマン主演の1988年の映画『ミシシッピー.バーニング』は、この事件をモデルにしている。

このフリードム.サマー運動はミシシッピー州にフリードム民主党を結成するきっかけを与えた。また、当時の公民権運動のリーダーであったマーチン.ルーサー.キング.ジュニアの援助を受けて、黒人が投票のために登録する権利を訴える運動はアラバマ州のセルマを始め、複数の州にも拡大した。しかし、セルマでの行進に参加していた2人の白人活動家も殺害される事件が起きた。更に、同州のバーミングハムでデモ抗議をしていた活動家らを警察官が攻撃している様子は全国テレビで放映された。ミシシッピー及びアラバマ州で起きた多数の無惨な事件は、1964年に35代大統領として就任したリンドン.ジョンソンが1965年に公民権法の一貫として投票権法を制定するきっかけとなった。これは、投票する権利を行使する黒人にたいして連邦政府の保護を提供する法律である。フリードム.サマー運動から50年が経過した今日も、幾つかの南部州で厳しい有権者ID法を制定し、黒人および少数派に対する投票権の妨害は続いている。

 

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