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ジョン.T.スコープス

1925年7 月21日は、反進化論に対するスコープス裁判が行われた最後の判決日にあたる。これは別名、モンキー裁判または世紀の裁判と呼ばれるほど当時注目された裁判である。1920年代前半は、経済的なリベラル傾向と文化的保守傾向が入れ混ざった新時代を象徴する風潮が目立った時代である。しかし、宗教の文化的保守性は政治的にも影響を与えるほど強烈であった。89年後の今日、進化論教育を禁止する法律は存在しないものの、米国の40%以上の人口層は進化論を信じていない。

1920年代前半は著しい経済成長があり、豊かな時代である反面、文化的に軽薄な風潮があった。都会は活発で喧騒的であり、消費志向が強くアメリカが近代的発展を遂げるNew Era(新時代)が到来した。その新時代には、女性の大幅な高度教育と専門職への進出が目立ち、看護婦、教師、弁護士などプロフェッショナルを目指す女性が増えた。同時に20代の若い世代は、タバコ、ダンス、派手な服装と化粧による軽薄な文化が流行した。

クラレンス.ダロウ

一方、1920年代の新時代の保守派は道徳を重んじ、アルコールの製造販売を禁止した為、1933年まで続いた禁酒法時代が始まった。また、外国人に対する恐れがあり、移民政策に影響を与えた。1921年、議会は移民の人数を大幅に制限する割合制度を制定した。また、1924年には国籍に基づいて移民を許可する国籍法を通過し、全ての東アジアからの移民を禁止した。移民に対する反発の風潮があった時代に南部州ではK.K.Kのメンバーが拡大した。保守派は主に文化的な側面、特に宗教に論争的であり、1921年までにはアメリカのプロテスタントは分極化した。その一つは、都会の中産階級が近代科学の教えに適用し、現代的で世俗的社会に順応した。別の側面では、地方の男女が伝統的生活を重視し、プロテスタントの一派は聖書の創造説を堅く信じ、科学的進化論を排除する原理主義を信仰した。

このような新時代の保守傾向は次第に政治的勢力を得るようになり、幾つかの州が公立学校で進化論を教えることを禁じる法律制定を要求するようになった。テネシー州は公立学校の教師が進化論を教えることを禁止する法律であるバトラー.アクト(Butler Act)を制定し、その法律は1925年3月に採用された。テネシー州デイトンに住む24歳の生物学の教師であったジョン.T.スコープスはこの法律に違反し進化論を教えたため裁判に直面した。スコープスは、法律を学んでいるが実際には、フットボールのコーチであり生物学は代用教師として教えていただけである。

ウィリアム.Jブライアン

スコープス裁判は同年7月10日に始まり、21日の最後の判定日にスコープスは$100の罰金を科せられた。一連の裁判が注目された理由は、進化論教育を禁じる法律にアメリカ自由人権協会が裁判での挑戦を先導し、スコープスをバックアップした為である。これに加えて、手腕を発揮することで有名なクラレンス.ダロウがスコープスの弁護士として、検察側のウィリアム.Jブライアンと論争した為である。ダロウとブライアンの論争で最も有名なシーンは、ダロウがブライアンに聖書に書かれている世界の始まりについて、言葉本来の意味の解釈を求める巧みな質問をしたことである。ブライアンは文字通りの解釈が出来なかったため、この瞬間、注目していた聴衆の目にはどちらが優位な立場であったか明白であった。しかし、スコープスはテネシー州の法律に違反したため罰金を逃れることはできなかった。

1967年、進化論教育を禁じる法律は憲法修正法第一条の言論の自由に違反するとしてテネシー州の教師が挑戦した数日後、同州の議会はバトラー.アクトを撤廃した。スコープス裁判から89年が経過した今日も、創造説を信じる米国人は多い。2014年 6月 2日に公表されたギャロップの世論調査によると、42%のアメリカ人は、神が現在の形態で人間を創造したと信じている。また、31%は神のガイドにより人間は進化したと信じている。一方、人間は進化したが、神はこのプロセスには関係ないと信じているアメリカ人はわずか19%である。科学的に正しい解答をしているアメリカ人はわずか19%であり、これが社会の隅々で様々な問題に影響を与えている要因である。

 

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