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1964年12月7日:カリフォルニア大学バークレー校のキャンパス

1960 年代の若い世代は、特に大学のキャンパスで言論の自由を主張し、公民権運動と並行し、ベトナム戦争に反対する全国的な抗議を展開した。現在のように電子メールやソーシャル.ネットワークが存在しない時代であるが、50年後の現在と変わらない組織力があったことは驚異的である。最近米国の各地で展開されている人種差別に対して、若い世代が正義を求めるエネルギーは1960年代と変わらない。また、新左翼の歴史と米国の若い世代の政治的行動を観察すると、若者は歴史的に左翼傾向であることがわかる。

1964年12月7日:カリフォルニア大学バークレー校のキャンパス

1960年にはSDS (Students for a Democratic Society)と呼ばれる学生の民主主義社会運動が全米に組織化された。ほとんどの学生は裕福な家庭に育ち、公民権運動に参加し、地域レベルで貧困者を組織化し、ベトナム戦争に反対する抗議活動を展開した。彼らはアメリカでの貧困を終えること、全ての国民が民主主義に参加することを呼びかける政治的運動を推進した。1961年1月に就任したジョンF.ケネディは、国内では地域でのサービス、国外では平和部隊の活動を促し、若い世代のエネルギーを重視した為、多くの若者はケネディを敬い彼のリーダーシップに従った。しかし、1963年11月の暗殺後、反乱の動きが台頭した。最初の反乱は1964年10月からカリフォルニア大学バークレー校でマリオ.サビオがフリー.スピーチ運動を先導した。学生らは人種問題およびベトナム戦争に対する不正義、大学のカリキュラムと講義方法、科学と言語クラスの必須教科、門限や服装などの大学内寄宿規則に抗議した。この時代はちょうどミシシッピーなどの南部州で、学生らは黒人の選挙登録を援助するフリードム.サマー運動を展開していた。サビオは、他の黒人および白人のリーダー達と共に黒人の投票権を促進する為、公民権運動に参加した。

1960年代の反戦運動

SDSの組織化および、各地のキャンパスで行政関連の建物を占領する動きは全国に拡大した。 1965年以降、学生の関心はベトナム戦争に傾注するようになり、キャンパスでも反戦運動が拡大した。1965年から1967年にかけて全米各地で 100以上の抗議集会があり、行進、座りこみなどを通して、公民権運動および反戦運動に参加した多数の若者およびジャーナリストが逮捕された。また、徴兵制度、キャンパスでの予備将校訓練プログラム及び軍隊採用に反対し、徴兵カードを燃やすなどの抗議活動は、特にカリフォルニア州で目立った。1960年代後半には100以上の大学で50,000人以上の学生がSDS運動に参加した。急進的な新左翼として知られるSDS運動は、イラク及びアフガニスタン戦争に厭戦ムードが高じた時期でもある2006年に再現 する。学生の活動家らは戦争、貧困、無知、搾取、人種差別、性差別のない社会を構築する理想を掲げ、若者の積極的なSDS運動参加を促進する為、世界中に学生の組織を結成した。

1960年代フロリダ大学の学生による反戦運動

現在ミズリー州のファーガソン、ニューヨーク、ワシントンD.C、カリフォルニア州複数の都市、シカゴ、シアトル、その他多数の地域で、若い世代は50年前と同じように、人種問題の正義および民主主義を求めて、行進や座りこみなどのフリー.スピーチ運動を展開している。1964年及び1965年にマリオ.サビオがアピールしたラジカリズムと伝統は、人種差別に抗議する為、公民権運動に参加し、正義と平等を訴えている現在の若い世代が受け継いでいる。平和的なデモ抗議者らに対する警察の虐待は、50年前に警察犬、棍棒、催涙スプレー、水圧ホース等を利用し攻撃した様子とさほど本質的に変化はない。近年の抗議活動家はハイテク技術を通してデモを組織化し、一部の地域では爆発した怒りによって建物を崩壊するなどの過激なケースもあるが、1960年代の若者は建物を占拠するケースが多かったようである。一方、最近の警察は、特定の地域で著しく軍隊化し、武器は威嚇的で高度になったが、抗議者だけではなく、現場を取材している記者も逮捕する警察の行動も本質的に50年前と変わらない。歴史は繰り返すと言われるが、若い世代の反乱と警察の虐待は50年前とほぼ同じである。半世紀以上が経過した近年でもSDSが復活した例は、歴史的に若い世代が左翼傾向であることを示唆している。歴史的に、米国の若い世代は政治的リベラル派が多く、民主党に投票する傾向があると言われる所以である。

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