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3月7日、アラバマ州の小さな町セルマで50周年記念行事が開催された。また8日もエドモンド.ペタス橋には大勢の人達が訪れ、行進や複数のイベントが行われている。50年前、黒人の投票権をめぐる激動の戦いから50年を迎える今年は、オバマ大統領が黒人の大統領であるため、特に公民権運動の最も重要な歴史的イベントとして注目されている。オバマ氏は50年前非暴力の投票権運動に参加した一般の市民の勇気を称え、現在もまだ行進は続いていることを強調しながらも人種問題は進歩があり、更なる進歩は我々の責任次第であるとのスピーチを披露した。

7日は、公民権運動の最も歴史的名所として知られているエドモンド.ペタス橋の麓で、オバマ大統領、ミッシェル夫人、二人の娘、前大統領ジョージW.ブッシュ夫妻、50年前に無惨な暴力の被害者になったジョージア州民主党の黒人下院議員ジョン.ルイス、及び100人以上の政治家が参加した集会が行われた。1965年3月7日、マーチン.ルーサー.キングの指導下で投票権を求め、州都モンゴメリを目指し平和的な行進をしていたデモ参加者は、ペタス橋で武装した警察および州騎兵隊の催涙ガス、棍棒での強打などの攻撃に直面したため、ペタス橋は「血の日曜日」の紛争の現場として知られるようになった。この橋は2013年3月11日に国の史跡に指定された。

そのような歴史の遺産として語り継がれている橋には7日から大勢の群衆が集会に参加している。同日オバマ大統領は、ペタス橋の麓に集った推定45,000人の群衆の前で、50年間の画期的な歴史を称えるスピーチを披露し、人種問題は50年前よりかなり進展があるとしながらも「行進はまだ終っていない」とのテーマーを強調した。奴隷、内戦、ジム·クロウの専制政治、バーミンガムで4歳女子が死亡した事などにより「動乱の歴史はこの橋で遭遇した」と語り、「セルマはそのような所です」と述べた。オバマ氏は、50年前の催涙ガス、棍棒、踏みつけに直面しても正義に向かって行進し続けた男女および指導者を含む「一般のアメリカ人の勇気に敬意を表する為ここに集まっている」と語り、「この橋を渡ったアメリカ人は物理的に印象的ではなかったが、彼らは数百万人に勇気を与えた。彼らは国民に選ばれた政治家ではなかったが、彼らは国を導いた。彼らは数百年の残忍な暴力、無数の日々の屈辱に耐えたアメリカ人として行進した」と述べた。また、彼らは「特別な待遇を求めてはいなかったが、平等の扱いを求めていただけであった」とし、「愛と希望が憎しみを征服する非暴力による変化は可能であることを証明した」と語った。

しかし、 全米の各地で投票を困難にする法律があることを指摘し「血の日曜日」から50年後も行進は終っていないと述べた。建国の239年後、私たちの団結はまだ完璧ではない。しかし我々は近づいている。その橋を渡って、誰かが既にその最初の道程を通り抜けたため、私たちの仕事は容易になっている」と語った。しかし、4日に司法省長官のエリック.ホルダーがファーガソンでは不法逮捕、不法罰金など黒人が不均等に不当な扱いを受けている調査結果を報告した事に触れ、「ファーガソンで起きたことはユニークではないかもしれない」とし、ファーガソンだけに特有な問題ではないと指摘した。つまり、黒人に対する無謀で不平等な対応は全国的な問題であることを指摘した。オバマ氏は「 この国の人種差別の歴史はまだ私たちにその長い影を落としていることを知るため、私たちは目、耳、心を開く必要がある。行進はまだ終わっていない事を知っている。人種問題にまだ勝利していない事を知っている」と述べた。

しかし、全く何の進歩もないという考え方を否定し「過去50年間で何も変わっていないと思うなら、1950年代のセルマ、またはシカゴ、またはロスアンゼルスで生き抜いた誰かに尋ねてみなさい」と述べ、「以前は秘書の仕事を割り当てられた可能性がある女性CEOに何も変わっていないかを聞いてみなさい。30年前よりもアメリカに誇りをもっているゲイの友人に尋ねてみなさい」と語った。また、この厳しい勝利の進歩、我々の進歩は私たち自身の能力によるものであり、より良いアメリカにすることを可能にする事は私たちの責任ですと述べ、「我々が問題を実際に直視した場合、アメリカが対処できないものは何もない」と述べた。また、変化は我々の行動、態度、子供たちへの教育にも依ることを認識する必要があると指摘し、どのように困難な状況でもそのような「努力が法律を通過させ、良心を奮起させ、コンセンサスの構築を可能にする」とし、個人の行動と責任を強調した。

50年前、アラバマ州セルマでは公民権運動の活動家達が一部の白人も一体となり、行進を決行したがその行進中に警察の妨害に直面した。その後、1965年8 月に投票権法を制定した当時のリンドン·ジョンソン大統領に敬意を払うため、「血の日曜日」の8日も引き続きエドモンド·ペタス橋の近くに大勢のデモ参加者が結集した。この歴史的イベントには、近隣州や地域のメンバーが多数のバスを利用し出席したようである。ちょうど50年前、南部州にバス旅行し、 黒人の投票登録を援助したフリードム.ライダーと呼ばれた公民権運動のリーダー達もそれらのバスで参加していると言われている。初の黒人大統領がセルマでの50周年記念にその場で歴史的スピーチを行うことは、それだけで後世の歴史のページに残るため、特に注目されている。

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