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アメリカには、人種差別を正当化する様々な法律が存在し、その一部は2000年まで続いた。アメリカ合衆国憲法修正第十四及び第十五条は性別、国籍、及び肌の色に関係なく、同等の法的保護を保証しているにも関わらず、人種差別法は長い間、様々な強制的又は任意的人種隔離を招く結果になった。歴史的顕著な例に、1661年以後制定した異種族間結婚に反対する法律 、1830年代のインディアン撤去法、1860年代のブラック.コードと 1870年後半に制定されたジム.クロウ法、及び1882年の中国人排斥法がある。

世界の多くの国でも異人種間の結婚を禁じる法律は存在したが、アメリカはバージニア州が1661年に制定し、1967年にこの法は憲法に反するとの最高裁の決定まで約300年以上も続いた。異人種間の結婚を禁じる法律は甚だナンセンスな人種差別の典型であるが、デューク大学の学者ジェイムス.ブラウニングによると、異人種という言葉は、主に白人と黒人の異種族混交に言及し、一般のアメリカ人には知られていない。現在、異人種間の結婚をインタァレィシャル.メリッジと表現するのが一般的である。主に、公民権運動の頃までは約50%の州が異人種間の結婚を禁止する法を施行していた。

1614年、植民地時代のジェイムスタウンに最初の白人と黒人、白人とインディアン、及び黒人とインディアンの混血児が 誕生した。アメリカ独立戦争の頃までに異人種間の結婚によるカップルは6万から12万人であると言われる。第三代大統領トーマス.ジェファーソン は異人種間の結合を奨励していたようである。また、愛国者の中には経済的利点から白人とインディアンの結婚を奨励する人達もいた。しかし、大半の植民地の移民は、アフリカ人は英国人より人種的に違うというだけではなく劣るという偏見を持っていた。また、植民地への奴隷制度の導入が理由で白人と黒人間の結婚を断固として受け入れず、人種間の分離を保持する法律が制定されるようになったというのが歴史的背景である。

植民地時代の初期、1661年にバージニア州がもっとも早く異人種間の結婚を禁止する法律を通過し、違反した場合4,540 Kg のタバコ進呈を懲罰とし、30年後には、白人女性が黒人との混血児を出産した場合、その女性には5年間、彼女の子供には30年間の契約による強制労働を課す法律を制定した。このように他の州も多様な罰則を規定し、メリーランド州はもっとも厳しい罰則を課していた。植民地の数が増えるにつれて、異人種間の結婚を禁止する法律は益々一般化するようになり、南北戦争までには少なくとも5州がこの法を制定していた。

1950年代までに異人種間の結婚を禁止する法を施行していた約50%の州はすべて黒人と白人の結婚を禁じているが、異人種間結婚の禁止を特定している州もある。例えば、14州、主にミシシッピー西部地域は白人とモンゴル人の結婚を禁止し、ルイジアナ、ノース.キャロライナ、オクラホマの3州は黒人とインディアンの結婚を禁止し、ノース.キャロライナ、オレゴン、サウス.キャロライナ、バージニアの4州は白人とインディアンの結婚を禁止し、他6州はいずれもそのような異人種間の結婚を嫌悪し、州の憲法で禁止していた。

ブラウニングはこのような法律を制定する動機について、基本的にはこの国にはびこる人種偏見によるもので、多くの州で支配している特定のグループが抱く敵意の現われとして制定されたものであると説明している。事実、このような州では黒人や東洋人は、少数派であり、異人種間の結婚は非常に例が少ないため、そのような問題は無視されがちであった。

事実、第26代大統領のセオドア.ルーズベルトは、アイルランド人は人種的に劣り、アジア人はアメリカへの入国を許可されるべきではない。また、ユダヤ人は世紀に及ぶ抑圧と退廃からまだ十分抜け出していないとの個人的見解を繰り返し主張していた。時々、描写されるアメリカのメルティング.ポットの概念は必ずしも人間的観点から述べたものではなく、アングロ.アメリカ人の文化を優遇させるため、移民の独自性と民族性の違いを失わせることがアメリカナイズの本質である。 アイルランド人、イタリア人、ポーランド人、及び英国人種は白人として分類されているが、1911年まではこの4種のヨーロッパ系国籍を持つ人達は別の人種として考えられていた。

また、異人種間の結婚を否定する他の理由は、黒、赤、黄色などのカラー人種は白人社会に融合しにくいと懸念されていたこと、白人グループが経済及び社会的利点を独占したいという希望があったこと、混血による物理的結果は悲惨であると信じたこと、その結果を避けたい心理が墺低にあったことなどである。

教育及び宗教機関を対象に、 異人種間の結婚に関する国民の心理を調査した2005年発表の研究結果は興味深い。その研究によると、大学教育を受けているグループが最も異人種間の結婚を支持する率が高く、教会に通わないグループの方が通うグループより支持率が高く、白人と黒人が分離された伝統的な教会に通う人たちは、異人種間の結婚をほとんど支持しない報告がある。

1967年の最高裁判決後、異人種間の結婚を否定する州が完全になくなった訳ではない。サウス.キャロライナは1998年まで、アラバマは2000年までこの法律を施行していた。現在でも感情的理由で、社会のリーダー的立場にある人が異人種間の結婚届けを拒絶していた事が最近の話題になった。2009年10月、ルイジアナ州の治安判事キース.バードウェルは、異種間結婚は永続しないという個人的経験から許可を拒否した。バードウェルは、彼自身は沢山黒人の友人もいるので人種差別主義者ではないが、ほとんどの黒人や白人の社会はそのような結婚で生まれた子供を簡単に受け入れないという結論から、両親や子供の双方に難しい問題があるため拒否した。同判事はこれまで2年半の間に4組のカップルの異人種間の結婚を許可しなかったことを明白にした。拒否されたカップルは、人種差別の苦情を政府司法省に申したてる構えであると報じられた。(続)

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