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1998年からインディアナ大学サウス.ベンドで主に社会学を教えるベッツィ.ルーカルはWhat It Means To Be Gendered Me私にとっての性とはなにか)というエッセイを出版した。彼女は、自身の肉体的特徴である背丈180 cm、しかも大きな骨格の体型を変えることはできないと述べ伝統的な性の分類に挑戦する構えを示している。このような体型では、女性らしくみせようと骨の折れるような努力をするより、髪を男性のように短くカットにし、時計も靴も洋服も男性用を身に着けて生活している。彼女は、学生や初対面の人達にサー(Sir)の敬語で呼ばれるため、自分の外見に利点を見出しているらしい。しかし、女性の教授である本人とって難しい問題は公のトイレである。レストランや他の公的施設の建物のトイレは全て男性と女性に厳格に区別されている。性別システムを研究する目的で彼女はたまに実験を試みるという。時には髪を長くし、女性らしくドレスを着、マニュキュアをして女友達とトイレに行く事もある。重要な点は、女性に見えるよう女性の肉体的特徴をフルに駆使してトイレに行く場合困ることは少ないという。

しかし、彼女の人生の大半は意識的又は無意識に彼女自身が、自分は男のようだと信じているため、性分類の概念に挑戦することや、どちらかを維持することに成功していない。従って、女性に見られる努力はせず、男性の服装に満足しているのである。ルーカルは生物学的には自分自身が女性であることを認めながらも、男性に見える肉体的特徴は、時にはマイナス面も多々あるが、男性と間違われる外見上の特徴もまた彼女にとっては重要であるらしい。男性と女性の性別体系は社会の秩序を維持するためであり、女性にとっては圧制的であり、男性にとっては特権を強調した家長制度と階級社会構造の本質を浮き彫りにするものであると論じたルーカルのエッセイはアメリカの社会を知る上で興味深い。しかし、この考えが必ずしも正しいとは言えない。我々の人生のある一部では、おそらく男性も圧制的な経験をしているに違いないし、女性にも何らかの特権が与えられているはずである。

いずれにせよ、このように世の中にはいろんな人が存在することを考えれば、今は男性と女性を区分してその性別役割を強調する時代ではなくなりつつあるかもしれない。一部の社会学者は、性は単に二分類できるものではなく、もっと複雑で多様な性別分類の人々が社会を織り成していると主張する。性別は男と女を含めた生物学的な着想である。性(gender)の種類には異性愛者(heterosexual)の男性及び女性、レスビアン(lesbians)、ゲイ(gay)両性愛者(bisexual)を有する男性と女性、性転換(transgendered)した男性及び女性も存在する。

しかし、一部の社会学者や性研究者の主張とは裏腹に、アメリカ社会は男女区別の伝統に反した生き方をする人達に対して偏見が強い。特に同性愛者の場合、政治的及び経済的特権を奪われ、異性愛者のカップルに保証されている同じ権利を有しない。ひどいケースでは極端に嫌悪し、同姓愛者に暴力を振う事例もある。

また、政治的にも男女間結婚の伝統は重視されていた。クリントン前大統領は議会が承認した結婚防衛法、通常ドマ(DOMA) またはthe Defense of Marriage Actと呼ぶ法に1996年7月署名した。ドマは「結婚とは一組の男性と女性の法的結合である」とし、同姓愛者間のカップルの結婚を禁じることを宣言した。また、この法は各州にも同姓愛者間の結婚を拒否する権利を与えた。

最近の研究で、同性愛は生物学的なものであり単なる一時的な社会現象ではないことが証明されていることを思えば、このドマは人権の権利を妨害するものであり憲法違反であると言える。ほとんどの州で同姓愛者の結婚を禁じる心理的理由としては、おそらく同姓者は精神的に異常であるか、そうでなければ非伝統的なライフスタイルを選択しているにすぎないので合理的なものではないとの解釈によるものと思われる。従って、このドマが同性愛者に対するいじめや暴力を正当化する原因になっている可能性がある。

このドマは憲法違反であるという点であるが、結婚法は各州でそれぞれ制定されており、連邦政府によって制定されるべきものではない。ほとんどの州は、同姓間の結婚を禁じているが、マサチューセッツ、ニューハンプシャー、コネチカット、アイオワ、バーモントの5州は許可しており、2~3の州が同姓者間結婚についての法を制定していない。従って、ある州で認められていても、そのカップルが認められていない州に移転すると不法になる。アメリカ合衆国憲法修正第十四条に従うなら、法的に認められた州で結婚したカップルは、他の全ての州で保護されるべきである。

カリフォルニア州は2008年11月の大統領選挙以前、同姓者間結婚を合法的として認めていた。しかし、総選挙によりカリフォルニアの憲法第1条に新たに加えられた7.5項に基づき、プロポジション8 とよばれる内容による同姓結婚の是非をめぐる投票の結果、カリフォルニア州も法律的には一人の男性と一人の女性の結婚のみを認めることになった。この法律は同性愛者のカップルに対して、通常の夫婦に与えられている相続権、社会保険制度、及び医療保険など、法的権利や経済的給付などの保護を拒否している。従って、同性愛者のカップルは子供の養育義務や施設などへの訪問が著しく困難な状態である。

同姓愛者は憎悪犯罪(hate crimes)の対象になりやすい為、ドマが暴力を促進する可能性もある。事実1990年代から、同姓愛者に対する憎悪犯罪が増えている。著しいストレスを経験しているゲイやレスビアンは精神不安定をきたし、薬物を乱用するケースが増えていることが社会的な問題になっている。

コロラド大学の社会学者、C. J.パスコはその著作(Dude, You’re a Fag’: Adolescent Masculinity and the Fag Discourse)の中で、同姓愛者を嫌い恐れる風潮は、特に若い世代に目立つと述べている。カリフォルニア中部及び北部の一部の高校で、言葉上のハラスメントが高校生社会の風潮になっている。これは同姓愛者又はゲイを極端に嫌う上級の男子生徒が、女々しい又は弱々しい同級生又は下級生男子に対して特殊な呼び方をするというものである。それはファッグ(“fag”)といわれ、極端に相手を侮辱するあだ名で、お前は何でもない(you’re nothing)というような意味がある。ファッグとよばれた生徒は同姓愛者ではないかもしれないが、男らしくないので取るに足りない存在だという理由でいじめの対象になる。

この風潮の背景には、若い人達の間で筋骨たくましい男性にあこがれる反面、男性同士の同性愛は絶対に許さない、という隠された心理が原因であるようだ。彼らは、レスビアンは許せるがゲイは受け入れられないと主張している。また、このようなあだ名で呼び合う場合、お互いに男らしさを競争しているということらしい。相手の肉体的欠陥までけなすことに発展しがちな風潮がもたらす潜在的インパクトが懸念されている。常に男らしさを強調することによって悪質な冗談や相手をからかうことが憎悪を募る結果になりかねない。1990年代に起きた高校での最悪の射撃事件は性的冗談が隠された原因のひとつになったといわれている。

このような高校生の態度は、特殊な民族文化、特に、制度化した人種差別を経験してきた黒人のヒップ.ホップ文化 (Hip-hop culture)に対しても偏見と差別を生みやすいため、行き過ぎた“男らしさ”への憧れは男女性別役割を重んじる社会構造に身近に関係がある。ヒップ.ホップ文化をライフスタイルに取り入れている黒人は簡単にいじめのターゲットにされるとC. J.パスコは述べている。(終)

 

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