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ウイリアム.ラッケルズハウス 2012年

24日夕方開催された大統領自由勲章の授与式で17人が受賞した。これは文化的及び世界平和の努力、特に米国の国益に貢献した個人に対して、国家最高の名誉を称えるイベントである。この17人の中に興味深い人物がいる。この人物の経歴を知ると、如何に共和党が自らの党の名誉と伝統を傷つけているかを感じる。彼等がもっと歴代の共和党大統領および元共和党高官が国の為に残した歴史的功績を学んでいたなら、連邦政府一部の機関を排除すると主張することはないかもしれない。あるいは気候変動の「科学を無視する」ことはなかったかもしれないが、皮肉な歴史の一面を思わせる。

米国環境保護庁(EPA)の長官として環境保護に貢献したウイリアム.ラッケルズハウスは1932年7月24日、インディアナ州インディアナポリスで生まれた米国の弁護士および連邦政府の高官である。彼はロード.アイランドのポーツマス高校を卒業後、米国陸軍の軍曹として2年間務めた。その後、プリンストン大学で歴史専攻の学士号を取得し、1960年にハーバード大学法学部を卒業し、米国の弁護士として活躍した。1960年から1965年までインディアナ州の副検事総長を務め、1964年には穏健派の共和党として同州の議員に立候補したが、予備選で敗北したため、同州上院議会の弁護士として数年奉仕した。その後、インディアナ州下院議会で議席を獲得し、1967年から1969年まで州下院議会の多数派リーダーとして奉仕した。

ニクソン(左:ラッケルズハウス)

当時37代大統領であったリチャード.ニクソンは、1969年米国司法省の長官のアシスタントとしてラッケルズハウスを任命し、1970年には EPAの最初の長官に任命した。1973年、ニクソン政権下のスキャンダルとして有名なウォーターゲート事件で「土曜夜の大虐殺」と呼ばれた多数の辞職があった。ラッケルズハウスは彼の上司エリオット.リチャードソンと共に、特別検事アーチボルド.コックスを解雇せよとのニクソンの命令を拒否した為退職し、彼は民間弁護士の仕事に戻った。1983年、40代大統領ロナルド.レーガンはスーパー.ファンド.プロジェクトの取り扱いミスによる大量辞職の危機に直面したEPAの責任者として、ラッケルズハウスを再びEPAの長官に起用した。

EPAはニクソン大統領が提案し、設立された共和党の構想である。更に、近年多数の共和党議員に尊敬されているレーガンは、一時危機に直面したEPAを維持する為1983年、EPAの責任者としてラッケルズハウスを再度起用した。彼は年月を隔てて同じ要職に就任した後、EPAに対する国民の信頼を取り戻す為1985年2月まで献身した元共和党議員および高官であり「EPAの父」と呼ばれている。そのような歴史を無視し、現在の共和党のほとんどは石油産業を保護する為、炭酸ガス排出量を制限することで、空気清浄化を目指すEPAを排除すると主張している。共和党の誉れ高き歴史を葬る見解を公的に語ることは非常に皮肉である。

レーガン(後部:ラッケルズハウス)

ラッケルズハウスは1970年EPAの長官に就任した後、米国で有害な農薬であるDDTの使用禁止に成功した。また、1963年に制定された大気浄化法の包括的な改正として、大気有害物質に関する全国排気基準による大気汚染防止法を含む1970年の大気浄化法を成立させ、環境保護に貢献した先駆者である。彼はEPAの「指導者を選択し、使命を定義し、組織体制の確立に尽力」した。 オバマ大統領は、今日東部時間午後5時から開催された大統領自由勲章の授与式の冒頭で、今日清浄な水が供給できるのはラッケルズハウスの貢献の賜物であると語った。MSNニュースによると、彼は、現在多数の共和党および複数の大統領候補者、特にドナルド.トランプおよびマルコ.ルビオが政治的利点に基づき気候変動の「科学を無視している」と批判した。オバマ政権は気候変動で米国が世界をリードすることを目指しているが、党派的な関心のみに集中している共和党の支持をほとんど得ていない。この点で1970年代及び1980年代に比較し、今日の共和党はもっと右寄りになっている。

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