アメリカの最新課題 Contemporary American Issues © 2017 Yuko’s Blog. All Rights Reserved.  

Image result for images of Roy Cohn

トランプの人生観

数回「告訴すると脅された」著者は、トランプが選挙キャンペーン中、いつも不公平であるとしてジャーナリストを攻撃し、彼らが報告したこと、または報告の仕方を批判し、キャンペーンの集会からメディア関係者を締め出したことは驚きではないと述べている。「ドナルド.トランプは他の人が彼をどのように感じているか理解しようとする男性ではない。むしろ、彼は自分自身を知っているように彼を理解しない人を退ける」と述べている。また、著者はトランプと自身の違いについて、「トランプは全てお金」を優先するが「私は名誉を重視する」と述べ、「トランプはお金を選ぶように強制され、私は名誉を選ぶことを強いられます。いったん紛失すると、名誉は回復されないかもしれません。より多くのお金は常に獲得することが可能です」と書いている。

トランプは家族代々のビジネス慣行を受け継ぎ、祖父及び父と同じビジネス手段を学んだが、トランプの人生の個人的価値観は異様である。2005年、敗北者を招待し、ビジネス成功のアドバイスを提供する会合を主催し「誰も、特に良い従業員を信用しないこと。妄想的になりなさい。もし誰かが貴方を陥れた場合、彼らにその10倍の仕返しをしなさい」とアドバイスした。また、トランプの二つのモットーは「常に均等になる」こと及び「殴られたら、もっと強く殴り返す」ことである。ジョンストンは、トランプの「復讐は彼の人生を導く原則である」と述べている。2006年、喜劇俳優のロジー.オダーノーはトランプを「蛇の油販売人」(A snake oil salesman)と呼んだことで知られている。これは幾つかの奇跡的な力を持つと主張する製品を販売する人物に言及し「嘘つき」を意味する表現である。

訴訟と対訴訟の例

トランプは、米国で最も強力な二人のマフィアを顧客に持つロイ.コーン(右)との出会いがあった。コーンは、1947年から1957年まで元米国上院議員ジョセフ.マッカシーの弁護士である。マッカシーは連邦政府に共産党員が存在すると主張し、マッカーシズムを拡大したことで知られている。トランプは暴力団が所有する建設会社にリンクし、宝石税の詐欺による訴訟において、次第にコーンを「ビジネスの指導者でほぼ二番目の父」であると思うほど彼と親しい関係を築いた。トランプがコーンと最初に契約したのは1972年の夏である。当時、連邦政府はトランプがブルックリンに所有していた14,000戸のアパート運営に関して、人種偏見の現場調査を開始していた。20年前、彼の父は同様の容疑で連邦政府に告訴されたことがあるため、トランプ家に対する人種差別の告訴は新たな事ではない。

1972年7月、司法省はマーチン.ルーサー.キング.ジュニアが殺害された1週間後に制定された1968年の公民権法の一部である公正住宅法に基づき、公正住宅法違反でトランプ親子を告訴した。一連の現場検査を実施した結果、黒人男性、女性、黒人夫妻はトランプが所有するトランプ.ショア.ヘブンのアパートのアクセス状況を調査するため、協力するよう要請された。その調査で黒人は「空部屋はない」と言われ、人種の違いを除き、職業および収入など全く同じ条件の白人女性は二つの物件を選択可能であると言われた。政府捜査当局は、トランプは黒人及びヒスパニック系の少数派が密集する特定の建物だけ黒人の入居を許可したと報告した。裁判記録は、少数派の申請者に対して日常的にそれらの差別があったことを示唆した。1973年10月、司法省は入居申請者の人種及び肌の色による差別的な慣行でドナルド.トランプ及び彼の父を起訴した。

これは公正住宅法に関する最も顕著な歴史的人種差別の裁判であった。トランプの弁護士コーンはトランプと彼の父が人種差別で告訴されたダメージの損害賠償として$1億を請求するため対告訴した。著者は「攻撃されると感じた場合、さらに激しく反撃することはトランプが2016年の大統領選で応用した主な戦術である」と述べている。数週間後、トランプに対する政府の告訴、及び政府に対するトランプの対訴訟はブルックリンの連邦裁判所で開催された。政府側の弁護士はこれが最初のケースになる26歳女性の新人であり、ベテランのコーンと比較すると、顕著な経験の差があったため「トランプ側は有力であるべき」であった。トランプは「私の知る限り、自分や自分の会社がアパートを賃貸契約する際、差別及び偏見はなかった」と主張した。コーンは、トランプは幾つかの建物で黒人を見ているので政府によるトランプの借家人を調査する必要はなかったと主張した。捜査当局は現場検査を権認し、黒人住民はある一定のアパートの建物だけ賃貸申請を拒否されていたことを発見した。従業員は、解雇されることを恐れて、トランプの建物には白人のみを受け入れ、黒人の申請書には名前を記載せず「No.9 」または「 C 」などの番号、アルファベット、または記号を利用したと捜査官に告白した。これは「黒人及び少数派を拒否するため使用されたテクニックを明らかにする効果」があった。肌の色に基づいて入居者を選定したトランプの父フレッドのビジネス戦略は最も際立った人種差別の判例になった。当時、ほとんどの地主は厄介な法的問題を避けるため人種混合があるかどうかを記録することに合意し法律に従う努力をしていた。ドナルドは「人種差別をしたかどうかを証明しなさい」と対抗し、裁判所で戦う姿勢を表明した。彼は「白人であろうと黒人であろうと望ましくないテナントに貸す義務はない」と主張した。

トランプは二ヶ月後、ニューヨークのヒルトンで記者会見を開催した。彼は「福祉とは関係なく、人種差別で告訴されたケースであるにも関わらず、連邦政府が福祉を促進する上で、 人々に賃貸させることを彼と彼の父に強制する為、司法省はでっち上げた」と批判した。裁判官エドワード.ネイハーは連邦政府に対する偽造の主張には根拠がなく、人種差別の証拠は十分あるとして、トランプの対告訴を却下し、トランプに対する訴訟を進めることを政府に許可した。この判定でトランプは二年間の連邦政府による監視下に置かれた。政府は非白人のテナントを要求することや、申請書に秘密の記号を含む差別を終えることをトランプに命令した。著しい問題は提起されなかったため、ある時点で監視から解放された。著者は「対告訴は完全にトランプの敗北であったが、彼の書物には『巨大な勝利であった』と書いている」と指摘した。トランプは「政府は差別していることを証明できなかったため、結局有罪を認める必要はなく終わったと、政府が勝利した事実に反することを書いた」とジョンストンは述べている。また、トランプは「ニュースを空転させ、ほとんど正確に事実を引用する記者を搾取することを父から学んだ方法で、彼は不利な判定を処理した」と説明した。(続)

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。