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Image result for image of Kushner's on July 24, 2017 at White House

ジャレッド.クシュナーは今日上院情報委員会のメンバーと非宣誓下でのインタビューを行うにあたり、非常に長い声明文を提供した。24日メディアに公開された11ページの声明文は、⑴トランプ.キャンペーンでの彼の役割、⑵ キャンペーン中に接触した外国人、⑶ 移行時期に接触した外国人、⑷ セキュリティ.クリアランス.フォームの開示などについて、詳細な説明をし、最後に「共謀はしていない」との結論を述べている。この声明文は恐らく弁護士の援助を受け、慎重に準備されたものであるとの印象を与えた反面、総体的にクシュナーは透明性をアピールし、調査に協力する意志があることを示唆した。

クシュナーは最初に「私はスポットライトを求めている人間ではありません。 まず、私のビジネスや公共サービスでは、私は目標を達成するために取り組んできました。他の人には、メディアや一般の人々の認識のために取り組んでもらいました。私についての臆説、推測、および不正確な情報が多数あったからです。私はその記録を正す機会に感謝しています」と述べている。彼はトランプ.キャンペーンでの彼の役割について「 政権に就任する前、私は民間部門で働き、会社を設立し運営しました。 私の経験はビジネスであり、政治ではありませんので、義理の父が立候補を決定した時、彼のキャンペーンで大きな役割を果たすことは当初の意図ではありませんでした。しかし、キャンペーンが進行するにつれ、私はキャンペーンの様々な仕事及び様相を支援するよう求められ、益々多くの責任を負うようになりました」と述べ、自発的に参加した結果ではないことを説明した。また、予備選と総選挙期間、彼の「役割は進化し続け」最終的に財務、スケジュール作成、コミュニケーション、スピーチ.ライティング、世論調査、データ、デジタル.チーム担当、外国政府関係者の連絡窓口の役割など、これまでに経験のない仕事に取り込んだと述べた。また、新しい挑戦に直面したとき、連絡を取りアドバイスを求め、特定の課題を管理する適切な人を見つけ、その人と協力して行動計画を策定し実行し、信じられないほど才能のある人たちと一緒に働くことは幸運であったと述べ、彼らはキャンペーンの「最終的な成功に多大な貢献をした」と表明した。

キャンペーン中接触した外国人について、ドナルド.トランプは共和党から立候補したため「外国からの多数の役員はキャンペーンに到達することを試みた」と述べ「 私の義理の父は私に、これらの外国とのコンタクトの窓口になるよう求めました。これらは私が始めた接触ではありませんでしたが、キャンペーンの過程で約15カ国からの人々との接触がありました」と述べ、全ての人々に応答したわけではないが「生産的な関係を維持することで重要な外国政府との接触を尊重しようとし、ヘンリー.キッシンジャー博士のような深い経験を持つ様々な人々に、候補者の政策、キャンペーンが関わるべき国及び代表、更にメッセージが共鳴するかどうか、アドバイスを求めた」書いている。また、キャンペーン中毎日200件以上の電子メールを受信するのは「典型的」であったが、全てのメールを読む時間はなかったと述べている。

キャンペーン中接触した外国人の中でロシア政府関係者について、クシュナーはキャンペーン中、ロシアまたはロシア代表と連絡したことはほとんどないと述べている。彼が思い出すことが可能なロシア政府関係者との最初の出会いは、彼の提案による2016年4月ワシントンDCにあるメイフラワー.ホテルでのトランプ候補による主要な外交政策演説のイベントであり、その実行を監督した時であると述べている。その時の経緯について、全てが順調であることを確認するためホテルに早く到着し、その後レセプションに立ち寄り、外交政策誌ナショナル.インタレストの出版社であるディミトリ.シメスに感謝の意を表した。その時、シメスから幾人かのゲストを紹介され、ロシア大使セルゲイ.キスリャクを含む4人の大使を紹介されたと述べている。キスリャクを含む全ての大使らと握手を交わし、簡単な感謝を表明し、挨拶を交換した大使らは「選挙で勝利した場合、肯定的な関係を構築することに関心を示し」それぞれの挨拶の交換には「1分もかからなかった」と述べ、幾人かは彼らの名刺を提供し、大使館での昼食に招待されたが、それらの招待に応じたことはなかったと説明した。

クシュナーは、2016年4月から11月にかけてキスリャクと2回の電話でのコンタクトがあったとのロイターの報道を否定した。彼はこの期間に数千の電話対応に追われたが、ロシア大使との電話には記憶がなく、利用可能な電話記録を見直したが、キスリャクに関連する電話及び番号に識別できるものはないので、このような通話があったことには「非常に懐疑的」であると書いている。携帯及び通常の電話の包括的な記録は電話があったことを明白にしておらず、彼に対する知識には限界があり、事実大統領選に勝利した11月9日には彼の名前さえ覚えていないほどであったと述べている。また、キャンペーンはプーチン大統領のお祝いの公式メモであると言われた電子メールを受け取ったとき、私はそれが本当であることをどのように確認できるかと尋ねられた。それを確認する最善の方法は、数ヶ月前会ったロシア政府からの唯一の連絡先であるロシア大使だと思い「ロシア大使の名前は何か」を尋ねるため、シメスにメールを送ったと説明している。また弁護士を通して、ロイターにその電話があったと思われる日付及びキスリヤク大使が連絡したか又は受けたその電話番号を提供するようロイターに要請したが、ジャーナリストは彼らの記事に関する「確証的な証拠の提供を拒んだ」と述べた。

2016年6月9日、トランプ大統領の長男ドナルド.トランプ.ジュアニアに同席し、ロシア政府に直結しているロシアの弁護士及び他4人のロシア関係者にあった件に関して、当時の詳細な事情を記述している。この日、 キャンペーン本部を設置していたトランプ.タワーの同じビルの事務所に午後3時に立ち寄るようトランプ.ジュアニアから電子メールを受けていたが読まず、最終的に午後4時に変更されたメールには会合に参加する他の人物については情報がなかったと記載している。また、少し会合に遅れて到着した時「ロシアの弁護士として認められている人は、ロシアの子供達の米国入国を禁止する問題」について話しており、その話題がなぜ提起されていたのか分からず「時間が無駄」になると感じた。従って、丁寧な方法で仕事に戻るためには「会合から抜け出すための言い訳が必要」だった為、助手に「携帯電話に電話をくれますか」とメールし、そこに居たのは10分間程度であったと述べている。クシュナーはその会合の前に会っていないし、それ以来彼女と語っていないと記述した。その会合はキャンペーンに関するものは何も含んでおらず、その後、継続した会合はなく、何人の人々がそこにいたかも記憶がなく、セキュリティ.クリアランス.フォームの補足として、要求されていなかったが報道される前に記者に公開したと述べた。また、2016年10月30日スクリーン名Guccifer400から「不正行為の試み」として、トランプ候補の税務申告を明らかにすると脅迫し、その情報を公開しないとの引き換えに52ビットコインを送付するよう求めた電子メールを受けたと報告した。旅行中の飛内で米国シークレット.サービス関係者の注意を促した時、彼はそのメールを無視し返信しないようアドバイスした。その送信者は再度連絡してこなかったと書いている。

移行時期の外国人との接触について、移行期に入ってからの国内外からの招待はもっと増え、15カ国以上から50 以上の人達とのコンタクトがあり、これらの会合のうち2回はロシア人であったと述べた。彼の助手は2016年11月16日、ロシア大使からの会議の要請を受け、12月1日トランプ.タワーの移行事務所で20分間の会合を行った。国家安全保障アドバイザーに就任したマイケル.フリンも出席した。この会合で「私は新たな関係の出発を望んでいる」と述べ、キスリャクに大統領と直接会談する最高の人物(大使か他の誰か)に誰を特定するかを尋ねたと述べた。この時の会話について、大使は特に「シリアでの米国の政策に言及したい」と述べ新政権に役立つ情報を「将軍」を通して伝えたいが、将軍は簡単に米国に来ることはできないと述べ、大使は「移行事務所に会話を行える安全なラインがあるかを尋ねた。フリン将軍または私はそのようなラインはないと説明した」と述べている。また「私はシリアに思慮深いアプローチを展開することは、現在進行中の人道危機を考えれば非常に重視すべきだと信じ、彼らがフリン将軍に依存した情報を気楽に伝達するため、我々が利用できる既存のコミュニケーション.チャンネルが大使館にあるかどうか尋ねました」と説明した。しかし、それは可能ではないと大使は応答したため、その情報を受けることを就任後まで待つことに同意したと述べた。クシュナーは、その後会合はなく、複数のメディアが描写した「秘密のバック.チャンネル」を政権就任前後に提案しなかったと述べ、「1つの可能な会話以外の目的で大使館やその他のロシア施設を使用する可能性を高める」努力も制裁についての議論もしなかったと記述している。

ロシア銀行のCEOに会ったとのメディアの報告について、クシュナーは大使館が12月6日または12月7日に大使と会うことができるかと尋ねられた時2回拒否し、その代り彼の助手が12月12日に会うことに同意したと述べた。助手は大使が「セルゲイ.ゴルコフという人物と会うように要請し、その人物は銀行家であり、新政権をどのように見ているか、最良の方法で共に働くための洞察を提供できるロシア大統領プーチン直属の人物である」との報告を受け、大使は、ゴルコフは大統領に直接繋がっていること、ゴルコフは数日間ニューヨークにいると主張したため、12月13日にゴルコフに会うことに同意したと説明している。その時、ゴルコフとの会話は20分〜25分間続いたこと、自己紹介したこと、2つのプレゼントを提供されたこと、彼の銀行について、ロシア経済について、プーチン大統領と友好的であること、オバマ大統領下で米露関係に失望があったこと、将来的にはよりよい関係を望むことなどの会話があったこと、受理したプレゼントは助手に渡し、移行事務所に登録したと述べた。また、この会合ではオバマ政権が課した制裁を含めて特定の政策、彼の会社、商取引、不動産プロジェクト、ローン、銀行手配、又はあらゆる種類の民間事業についての議論は一度もなかったとし、その会合前後にゴルコフとつながる理由は何もなかったと述べている。

クシュナーはセキュリティ.クリアランスについて、「過去6ヶ月間自分の背景を調査するために必要な情報をFBIに提供するようあらゆる努力をした」と述べ、更新について後日気づき、彼の弁護士は先月SF-86フォームに別の更新を提供したと語った。この声明文の最後に、自身の防衛のため、カメラの前に登場せず、情報が漏れないようにすることが彼の慣行であると述べ、重要な仕事に焦点を当て、この大統領とこの国のため「私の能力を最大限に役立てようと努力した」と述べた。また「この声明文及び文書を通しての議会の質問に対する答えは、キャンペーン及び移行中にロシア代表者との接触は限られたものであったことを証明できることを願っている」と記述した。クシュナーは「私は共謀していません。キャンペーンの誰も外国政府と共謀していません。私は不適切なコンタクトをとっていませんでした。私は民間部門の事業活動に融資するためロシアの資金に頼っていません。私はSF-86書類の提出に関して、必要以上に透明性を保つよう努力しました」と結論を述べている。今日初めて、ホワイトハウスの外側で短い記者会見を行ったクシュナーは、この最後の結論とほぼ同じ表現でロシアとの共謀はしていないと宣言した。

クシュナーはこの声明で幾つかの要点をアピールしている。それらは既にメディアが報告した通り、① 昨年少なくとも彼はロシア人との会合が4回あったこと、② 2016年6月9日ロシア政府に近い弁護士との会合の目的は、ヒラリー.クリントンに有害な情報を得るためであるとのトランプ.ジュニアが得た情報を知らなかったことを示唆し、③ ロシア銀行のCEOに会った動機はロシア大使の熱心な推薦であったこと、④ ロシア大使及びロシア銀行のゴルコフに会ったことは適切であること、⑤ プレゼントも隠す意思は全くなかったとの透明性をアピールしていること、⑥ 全ての会合は共謀の意図があった証拠はないこと、⑦ キャンペーン中、2回電話でロシア大使キスリャクとの交信があったとのロイターの報告を否定したこと、⑧ 秘密のバック.チャンネルの構築を提案していないことを明白にしたことなどが挙げられる。クシュナーの声明文には多数の不明な点がある為、彼の結論を総体的に評価するには、恐らく専門家による分析に注目する必要がある。

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