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100年前メキシコ国境を護衛するウィスコンシン州民兵 By Wisconsin gov.

国境で子供たちを両親から引き離すトランプ政権の「ゼロ許容」政策に対して、アメリカを誇りに思っている人々の反応は「アメリカ人らしくない」との表現であり、その戦略は大幅に批判されている。多数州の両党の知事らは4月から、国境に警備隊を派遣するようトランプ大統領に要請されていたが、その政策はアメリカ人らしくないとの理由で、要請を却下した。米国には奴隷廃止後も家族を分離する政策は存在し、長年子供を両親から引き離した歴史があるため、歴史的観点から言えば、トランプ大統領下のアメリカは再び暗い歴史を繰り返していることになる。しかし、家族分離のため国家警備隊が利用される例は前代未聞である。

5月26日、アフリカ系アメリカ人リサーチ.コラボレティブ(AARCまたはAfrican American Research Collaborative )は1860年代、アフリカ系アメリカ人の子供達を彼らの両親から引き離し、1870年代から1970年代まで、原住民(インディアン)の子供たちを両親から離した歴史があると述べている。AARCは現在、移民と難民の子供達は両親から引き離されている。これがアメリカなのか?子供たちはどこにいるのか?とツイートしたが、その歴史的な説明はしていない。米国の南部州は奴隷制度を維持し、合法的に奴隷を人間ではなく所有物として扱っていたため、1830年代および1840年代の奴隷売買により、売買される女性の奴隷は彼女の子供が腕から引き離されることは日常茶飯事に見られる光景であった。1865年に奴隷制度が廃止された後、インディアンを文明化するため、5歳以上の子供たちを家族から離し、白人との融合を促進するための教育を提供する目的で、インディアンの子供たちを寄宿学校に送った歴史がある。最終的に子供たちをクリスチャンに改宗させることは重要な目的の一部であった。また女子は白人クリスチャン家庭の家政婦として就労させられ、男子は白人移民が嫌がる農業での労働を強制された。家族の結合が断たれたこの慣行は1978年にインディアン児童福祉法が制定されるまで100年以上続いた驚異的な家族分離政策である。

米国は1846年から1848年まで続いたメキシコ戦争後、テキサス州とアメリカ南西部を押収した。その後も米国の武装民兵は、奴隷の逃亡を防ぐため国境を警備していた。また、19世紀の終わりから20世紀の初期にかけて、米国に不法入国する中国人を探すため、多数の民兵はテキサス州国境付近からカリフォルニアにいたる国境近辺を警備した。警備隊の利用は歴史的に奴隷の逃亡や不法移民の追跡のために利用される場合もあるが、家族を分離するために利用されている例はない。今年トランプ大統領はその目的のため、国家警備隊を利用する計画を進めた。19日のニューヨーク.タイムスによるとトランプ政権の「ゼロ許容」政策には、州の知事らが国境に警備隊を派遣する必要があった。4月トランプ大統領は違法に国境を越える不法移民に対抗するためには何千人もの兵士が必要であり国家警備隊を国境に配備するよう州知事に呼びかけていた。しかし、メリーランド州、デラウェア州、マサチューセッツ州、ニューヨーク州、ロード.アイランド州、コネチカット州、バージニア州、ノース.キャロライナ州および他の州の知事らはトランプ政権による家族分離政策に怒りを表明し「彼らの兵士はメキシコとの国境を確保することを援助しない」と宣言した。

メリーランド州共和党知事ラリー.ホーガンは19日、ニューメキシコに駐留していた4人の乗組員とヘリコプターに「今朝早く退去するよう命じた」と述べた。マサチューセッツ州共和党知事は2人の警備隊とヘリコプターを配備すると約束していたが、ゼロ許容政策は「残酷で非人間的」であると述べ、その計画を廃止した。イリノイ州共和党知事は「同政策に反対し、トランプ氏に直ちに停止するよう求めた」と述べた。ノース.キャロライナ州の民主党知事ロイ.クーパーは「残酷な政策」と呼び、ロード.アイランド州の民主党知事ジーナ.ライモンドは、今日国境に兵士を派遣する要請には応じないと述べ、トランプ政権の家族分離政策は「不道徳で、不公平で、アメリカ人的ではない」と述べた。ニューヨーク州の民主党知事アンドリュー.クオモは、昨日「ニューヨークは、移民家族に対する非人道的扱いの当事者ではない」と述べた。コネチカット州民主党知事のダニエル.マロォイはこの「非人道的慣習に関連」する目的に兵士を配備しないと述べた。コロラド州民主党知事ジョン.ヒッケンルーパーは子供と両親を分離する政策を援助するための州資源利用を禁じる執行命令に署名した。

米国警備隊は1636年12月に結成された英国植民地政府の民兵組織に由来し、国家警備隊として、1824年ニューヨークで結成され、1903年から全米州に配備された。1933年から州の警備隊及び連邦予備軍としての二重構造の機能を備えるようになり、グアムやプエルト.リコなどの米国領土を含めて54の組織が存在する。米国大統領は連邦政府の政策において、各州の国家警備隊を召喚する権利があるが、各州は彼らの警備隊の経費を賄っているため、連邦政府の要請を受け入れるかどうかについては自由裁量権がある。ブッシュおよびオバマの前政権は国境に警備隊を派遣したことはあるが、特定の目的のためには議会が認可しない限り、国家警備隊は国境を越える不法移民を拘束する権利はない。従って、米国には家族分離のため、国家警備隊を利用する記録はほとんどないが、人種分離に関しては例外である。人種分離政策が最も長く続いたアラバマ州に対して、ジョンF.ケネディは、白人のみのアラバマ大学の二つのキャンパスに最初に入学した2人の黒人学生を人種差別から保護するため、国家警備隊としてアラバマ州兵を派遣した。人種分離を宣言し、黒人の入学を阻止した当時の同州南部の民主党知事ジョージ.ウォレスに対抗したケネディの国家警備隊派遣命令は歴史的に有名なエピソードである。

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