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Image result for images of three presidents died on 4th of JulyBy History By Zim

今日は、一般的にアメリカが重視する米国の独立記念日による休日である。トランプ大統領はホワイトハウスの南芝で独立記念日の祝辞を披露した。大統領が祝辞を述べることは恒例の行事であるが、約190年前の同じ日に、奇妙にも偶然歴史的に著名な3人の大統領が死亡した7月4日は米国人にとって何に意義があり、なぜ米国民はこの日を祝うのか?

米国の独立記念日は毎年7月4日に祝われるため、頻繁に「フォース.オブ.ジュライ(7月4日)」と呼ばれている。1776年のこの日は13の植民地が英国から独立を宣言した記念日であり、これは最終的にアメリカの建国に導いた為、歴史的に重要な日として、愛国的なイベントが米国全土で開催されている。米国民は家族と一緒にホットドッグを食べ、花火を鑑賞することが一般的である。独立宣言の草案は実際には7月2日に提出されたが、大陸会議と呼ばれる13の植民地を代表するリーダー達は1776年7月4日に最終的な文言を承認した。従って、この日が独立宣言に記載された日付となっている為、歴史的に記念すべき日として、祝うようになった。トランプ大統領は午後、ほぼ全ての分野の軍事関係者を招待し、時には個人的に名前を呼び、彼らの奉仕に対する感謝を表明し、彼らが「稀な組み合わせ」として持つ「愛国心、美徳、勇気」を賞賛し、最後に「ハピィー.フォース.オブ.ジュライ」と祝いの言葉を表明した。

実際に独立宣言の署名が行われた日は8月2日である。大陸会議はペンシルベニア州のフィラデルフィアにある為、フィラデルフィア議会とも呼ばれる13の植民地から集まった代表団のグループである。アメリカ革命の期間中、後にアメリカになった植民地の国民のため、集団的に話し行動した代表団は米国の統治体としての役目を果たした。大陸会議の会合は1774年から1781年まで第1大陸会議及び第2大陸会議として指定された団体によって行われた。ほとんどの歴史家は独立宣言に署名された日は8月2日であり、7月4日ではないと述べているが、米国民は毎年7月4日に祝っている。240年以上、米国人が7月4日を祝っている理由は、独立宣言の文書の最終日付が7月4日になっているため、米国民はこの日が最初に米国人としてイギリスからの独立に最終的に同意した最も重要な歴史的瞬間であると解釈したためである。署名が遅れた理由として、現在のように通信や交通が発達していないかった時代背景を考慮すると、多数の署名者が同じ時間帯に一同に会することに無理があったことは想像に難くない。

歴史の奇妙な偶然として、独立宣言書に署名した第2代大統領ジョン.アダムス(就任期間: 1789-1797)及び第三代大統領トーマス.ジェファーソン(1801-1809)はいずれも同日1826年7月4日に死亡した。また、独立宣言書に署名はしていないが、建国の父の一人であった第5代大統領ジェイムス.モンロー(1817-1825)は1831年7月4日に死亡した。2012年2月に出版されたパトリシア.ハルバート編集によるI Wish I Knew That U.S. Presidents: Cool Stuff You Need to Knowによると、アダムスと彼の副大統領であったジェファーソンの両氏はどのような政府を構築するかの論議で常に意見が対立した。アダムスは大きな政府、大きな軍隊、増税を望み、ジェファーソンは小さな政府を理想として描いていた。彼らは次第にお互いに失望するようになり、アダムスはジェファーソンが大統領選に勝利した時、次期大統領の就任式に参加しなかった。しかし、数年後、両氏は米国の方向性を論議する多数の手紙を交換することによって次第に友情を取り戻した。82歳のジェファーソンはアダムスの5時間前に死亡していたが、90歳で死亡したアダムスは死の直前、ジェファーソンがまだ生存しているとの最後の言葉を残した。米国民が独立記念日の50周年記念を祝っていたこの日、アダムスは彼の最も良き友人であったジェファーソンの死を知らずに他界した。

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