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ジョージ.ワシントンによる米史上初の一般教書演説

         ジョージ.ワシントン大学

224年前の1月 8日は米史上初の一般教書演説が行われた日である。1790年のこの日、米国初代大統領のジョージ.ワシントンはニューヨークの議会で、アレクサンダー.ハミルトンが企画した原稿を読み上げた。ワシントンによる米史上初の一般教書演説はオバマ大統領の近年の一般教書演説にかなり共通点があるように思われる。 (さらに…)

ワシントン記念塔が公式オープンした日

10月9日は、1888年にワシントンDCのナショナル・モールにあるワシントン記念塔が公式にオープンした日である。地上からの高さ46メートルのワシントン記念塔は、今日米国のシンボルになっている。この記念塔の他にジョージ・ワシントンの名誉を称えるシンボルとして国民の生活に密着しているものに1ドル札や記念コインがある。公共施設として、ワシントン大学や、ニューヨークとニュージャージの間に建設されたジョージ・ワシントン橋が有名である。その他、ブロンズ像を含め、政治的な象徴として、複数の米海軍船艦がある。 (さらに…)

ビジネス経験を強調するロムニー氏

ミット・ロムニー氏は、数日前、できることなら、年齢、出生地などの条件はもちろん、「最低3年間のビジネス経験があることを大統領になる条件とする憲法改正をしたい」と述べた。そういう条件をつけると、他にも重要な経験が必要ではないだろうか?法律家としての経験、政治家の経験、あるいは、経済学 の知識など。しかし、一人の人間が出来る範囲は限られている。だからこそ、大統領には、いつでも各分野でのアドバイザーを選択することが可能なのである。 歴代の大統領には法学出身が多い。総体的には、知事や議員などの経験者が圧倒的に多く、元政治家が大統領に選出されていて、ビジネスの経験者は一人もいな い。もちろん、早期の大統領、例えば、ジョージ・ワシントンやトーマス・ジェファーソンは農業で多くの労働を提供していたという意味では、ビジネス経験が あると言えるかもしれない。しかし、ビジネスの経験はなくても、経済政策に成果を上げた大統領も歴史上多く存在する。ミット・ロムニー氏は、経済が低迷している現在、自分自身とオバマ氏を明確に区別する ための単なるトークで、憲法の改正を本気で主張したとは思わないが、「馬鹿な発言をしている」と批判する世論もある。

選挙の焦点は、雇用を生み出すことが国民の最大の関心事であるため、ロムニー氏は、そういう意味でビジネス経験を強調しているのかもしれない。しかし、個人のビジネスの成功と国の経済の回復とは別の問題であり、誰が大統領に就任しても、そう簡単に経済の流れを変えることはほぼ不可能であるはずだ。国の経済を回復または拡大の鍵を握るのは実は消費者であ る。本日の発表によると、失業率は4月の8.1%から8.2%に若干上がったとのことだ。近年、米国の製造工場や金融機関の海外へのアウトソーシングが相次でいるため、失業率が上がるのは当然のことだ。ロムニー氏が大統領だったら、このような流れを食い止めることができるの か?「大企業への減税は雇用につながる」という主張とこの現実の違いは一体何か。ビジネスが分かっているはずのロムニー氏はこの点の疑問を一切明確にして いない。雇用を生み出すのは、消費者の購買力が向上し、製品の需要が供給を上回ったときに企業が更に労働力を必要とするのである。このような基本を無視し た内容のない発言を頻繁にするロムニー氏に頼りない印象を抱くのは私だけではない。

ジョージ.ワシントン

1789年4月30日は、歴史上忘れてはならない日です。米国初代大統領、ジョージ.ワシントンは、1789年のこの日、ニューヨーク市のMount Vernon Photosウォール街にあるアメリカ合衆国フェデラル.ホール〔議会での旧議事堂〕で、歴史上最初の大統領就任演説を行いました。1789年と言えば、フランス革命や人権宣言の採択など、世界史の中でも重要な年です。日本史では50年在位した第十一代将軍、徳川家斉の時代で、年号が天明から寛政に変わった年です。

さて、ワシントンの演説で、国民の安全、英国との外交関係、独立戦争後の不安定な経済状況、新天地のインディアンとの友好関係に深い憂いを抱いていたワシントンは、英国が1689年に制定したThe Bill of Rights 〔権利章典〕と共にアメリカ合衆国の憲法改正を議会に要求しました。米国憲法改正第一条から第十条を総じて権利章典と呼んでいることはご承知のとおりです。中でも、言論、報道、集会、宗教の自由を謳った憲法改正第一条は、米国精髄の法であると言えましょう。米国の重大な礎を築く発端となったこの就任演説から223年目を迎えた今日、米国権利章典の精神は失われたと悲観する声もあるようです。

ジョージ.ワシントンは、独立戦争を率いた優秀な軍人でしたが、自分は庶民的な農民だと信じていたようです。しかし、論理的で組織的な農業と肥料方法に関しては、米国の先駆者であり、除々に土地所有拡大に成功しています。今日のバージニア州、マウント.バーノンの邸宅には、約3,200ヘクタールの壮大な土地と荘園が広がり、更に雄大なポトマック川を見渡す風景は絶妙そのものです。また、さほど、読書人でもなかったワシントンの、「書物から得た知識は、更に知識を積み重ねるための土台である」と述べた言葉は有名です。1799年12月14日に死去したワシントンの人生は、「最初に戦争にあり、最初に平和にあり、そして最初に、彼の国民の心の中にあり、彼に勝る者はいなかった」と、当時の側近のワシントンに対する評価が残されています。悲しいかな、「国民の心の中にあり」と言えるような指導者は、現在はほぼ存在しません。

ジョージ.ワシントンの邸宅

2007年6月22日筆者撮影

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