アメリカの最新課題 Contemporary American Issues © 2024 Yuko’s Blog. All Rights Reserved.  

Image result for images of ghislaine maxwellアンドリュー王子とギスレイン.マクスウェル    By     Mirror 

ジェフリー.エプスタインの死因は様々な要素を総合的に判断する必要がある為、最終決定は保留中であると表明したニューヨーク市の監察医は翌日、自殺であると決定したことが16日に伝えられた。未成年の性密売に深く関与したとされるエプスタインのガールフレンドと言われたギスレイン.マクスウェルが注目され始めた。彼女の父親の伝記作家は、不思議な状況下で亡くなった出版界の大物の娘であるギスレインは善悪の違いを学んだことがないと述べている。告訴した複数の女性の裁判所記録の一つには、アンドリュー王子のスキャンダルの相手として、当時未成年であったバージニア.ロバーツ.ギフレの宣誓供述が含まれている。彼女は将来の大統領になるドナルド.トランプが所有しているマー.ア.ラゴで働いていた。エプスタインによる未成年の性密売の役目を果たしたマクスウェルは一体どのような人物か?

16日のニューヨーク.タイムスによると、ニューヨーク市の検死医であるバーバラ.サンプソン は、剖検と「すべての調査情報の慎重な検討 」後、エプスタインの死の原因は「自殺」による「絞首」であると判断したという簡潔な声明を発表した。しかし、エプスタインの3人の弁護士であるマーティン.ワインバーグ、リード.ワインガルテン、マイケル.ミラーは、調査結果に異議を申し立て、独自の調査を行うことを誓った。検死を観察するため、民間の病理学者を雇用した弁護士たちは、声明で「私たちは検死官の結論に満足していません。今後数日間でより完全な対応を行います」と述べた。刑務所の当局者は、午前中の警備員は 10日の午前6時30分頃にエプスタインを発見した。彼はベッド.シーツを二段ベッドの上部に縛り付けたように見え、その後、首の幾つかの骨を折るのに十分な力で床に向かってひざまずいたと語った。エプスタインは7月23日に自殺しようとする明白な試みがあったことが判明した為、12日間自殺監視下に置かれたが、その監視から退去され、以前に収容されていた棟に戻った後に自殺した。

エプスタインの死は、司法省の検査官およびFBIを含む4つの連邦政府調査の対象になっている。司法長官ウィリアム.バァーは、刑務所職員が彼の監督をどのように扱うかに「重大な不規則性」があったと述べたことは既に報告されている。また、エプスタインの自殺に次いで、彼と親しい関係になったギスレイン.マクスウェルが注目され始めている。ギスレインは1961年、フランス生まれの学者エリザベスとチェコ生まれのイギリスの出版界の大物であったロバート.マクスウェルの間に9番目の末っ子としてフランスのメゾン.ラフィットで生まれた。幼少期の彼女は、オックスフォードの53室の邸宅であるヘディントン.ヒルホールに家族と共に住んでおり、ギスレインはヘディントン.スクール、マールボロ.カレッジ、オックスフォードにあるバリオール.カレッジに通った。マクスウェルは1980年代、ロンドン社交界の著名なメンバーであった。彼女はキット.キャット.クラブにちなんで名付けられた女性クラブを設立し、父親が所有していたフットボール.クラブのディレクターであった。彼女は父親が出版業を始めた頃、イギリスで働いていたが、1991年父親の死亡後米国に移住し、性犯罪者で起訴された投資家ジェフリー.エプスタインと親しい間柄になった。マクスウェルは、2012年に海洋保護グループThe TerraMar Projectを設立したが、ニューヨーク連邦検察によるエプスタインに対する性的人身売買容疑が公になった1週間後の2019年7月12日に閉鎖した。

18日のAPによると、彼女はジェフリー.エプスタインのマダムと呼ばれ、性的欲求のために女子を募集した女性であり、時にはニューヨークからフロリダ州パーム.ビーチに至るまで、ソーシャル.プランナーおよび家事オーガナイザーと呼ばれていた。謎の状況下で亡くなった英国出版界の大御所の娘であるマクスウェルは、性的人身売買容疑で裁判を待っている間に刑務所で自殺したエプスタインの関係者の中で「最も著名な人物の一人」として注目されている。彼女は共謀者の一人として見られている。元連邦検察官で現在 マイアミで独立しているデイビッド.ワインスタインは「私が彼女に対する起訴を起草していたら、未成年者の性密売と同じ陰謀になるでしょう。それは陰謀です」と述べた。

57歳のマックスウェルは「とらえどころのないキャラクター」であるという。1991年、父親である出版経営者のロバート.マックスウェルは、カナリア諸島の近くでヨットから落ちて死亡したと伝えられている。彼女の父ロバートは企業から年金基金を違法に略奪していたことが判明している。そのヨットの名前はレディ. ギスレインである。ロバート.マクスウェルの伝記作家であるトム.バウアーは、最年少の子供であったギスレインが彼女の父親のお気に入りだったため、ヨットの名前になったと述べた。バウアーは最近、NPRに「彼の家では、彼女は決して善悪の違いを学んだことはないと思う。そして彼女にとってのもう一つの悲劇は、彼女が彼に支配されていたことであり、彼女は彼から富、お金、権力、影響力を崇拝することを学び、小さな人々と呼ばれるかもしれない人たちに対する感情をほとんど持っていなかった」と語った。

最終的に、マックスウェルはパーム.ビーチの裕福なエプスタインの世界に上陸し、7,700万ドル相当の豪華なエプスタインの邸宅があるマンハッタンに家を購入した。エプスタインの告発者による訴訟によると、エプスタインの為、彼女は女子のリクルーター、彼の家のマネージャー、および社交的オルガナイザーになった。パーム.ビーチのエプスタインの家を長年管理していたフォアン.アレッシは、マクスウェルは「本質的に(エプスタインの)家の女性だ」と言った。アレッシは、彼女が「私は家の世話をするつもりです」と言ったと述べた。また、エプスタインはマックスウェルを南フロリダ周辺の温泉に連れて行き、エプスタインの性的行為のコードである「マッサージ」を行える若い女性を探したと宣誓証言で語った。また「フォアン、パーム.ビーチ郡のすべてのスパのリストを教えてください」と彼女が1〜2回言ったことを覚えているとアレッシは述べ、マクスウェルが「私は彼女を一つの場所から別の場所に連れて行くでしょう」と言ったと述べた。

APによると、2001年に撮影されたと言われている写真で、アンドリュー王子と並んでいるバージニア.ロバーツ.ギフレは、訴訟の1つで、エプスタインの性的人身売買の仲間であるマクスウェルの役割について考えられる詳細な説明をした。その説明は他の女性が主張している事と同様である。当時15歳だったギフレは、マクスウェルからお金を稼ぐ方法についてアプローチされた時、マッサージ療法を学び、彼女に明るい未来を与えることができる男性としてエプスタインを知るため、将来の大統領ドナルド.トランプが所有するマー.ア.ラゴ.クラブで働いていた。ギフレは宣誓供述書で、彼女はマクスウェルとエプスタインに「男性が私に望んでいたすべてのものになる」よう訓練され、彼女はエプスタインの私用飛行機で、ニューメキシコ、アメリカ領ヴァージン諸島、パリ、ニューヨークの彼の所有地に飛行したと述べた。ギフレはまた、マックスウェルは英国のアンドリュー王子との性的関係の為、ロンドンや別の場所で会うことを手配したと述べた。バッキンガム宮殿は、王子による不正行為を否定したが、法廷の記録には、アンドリュー王子がギフレの腰に腕を巻き、笑顔のマックスウェルが後部に居る写真が含まれている。ギフレは、マクスウェルが「性犯罪に深く関与し、非常に強力な人物であると理解したと述べた。彼女はエプスタインのお金を使い、力と名声を得るために彼女の名前とコネクションを使いました」と宣誓供述書に記載した。現在、マクスウェルはまだ告訴されていないが、調査が始まった現在、最も注目を浴びている。